M&P Legal Note 2024 No.4-1
内部通報関連法務(1)~改正公益通報者保護法を踏まえた内部通報窓口の見直し~
2024年9月17日
松田綜合法律事務所
弁護士 柴田 政樹
1 はじめに
改正公益通報者保護法の施行(2022年6月)及びいわゆるパワーハラスメント防止法の全面施行(2022年4月)に伴い、企業において内部通報窓口の設置が義務付けられています。これに伴い、内部通報窓口の設置や見直し、関連する規程の整備などの対応に追われたものと思います。ただ、施行からすでに2年が経過しているにもかかわらず、現時点でも、窓口設置や規程整備の対応ができていない企業も少なくはなく、実際に、当事務所へのお問い合わせやご相談も増えている状況です。
経営者によっては、内部通報制度を整備することで、通報が行いやすくなる分、安易な通報が増え、かえって職場内の秩序を乱すのではないかと危惧される方もいます。しかしながら、不祥事の早期発見・是正を行うためには内部通報制度が最後の砦であり、通報窓口が形骸化しているような状態は、企業にとって危険な状態と言わざるを得ません。このような状態の中で、不祥事が発覚した場合には、内部通報制度の不備を理由に、経営者が経営責任を負う事態にもなり得ます。
そこで、今回は、改正公益通報者保護法の内容を取り上げ、改めて、企業が留意しなければいけないポイントについて整理させていただきます。同法は、更なる改正に向けた動きもあるため、こちらについても取り上げます。
2 改正公益通報者保護法のポイント
公益通報者保護法の改正は、企業における不祥事等が後を絶たないという状況を踏まえ、通報促進等を促す観点から行われました。主な改正点は、以下の通りです。
・公益通報の範囲拡大(通報者の範囲拡大、通報対象事実の範囲拡大)
・事業者の体制整備義務 ・公益通報対応業務従事者の守秘義務 ・通報保護要件の緩和 |
改正点の中でも、特に重要な点は、事業者に内部公益通報の体制整備義務が課されたことです。体制整備義務の具体的な内容は、公益通報者保護法に基づく指針[1]及びその解説[2]にて示されており、大きく分けると、①部門横断的な公益通報対応業務を行う体制整備、②公益通報者を保護する体制整備、③内部公益通報対応体制を実効的に機能させるための体制整備の3つが必要です。
また、通報者が特定される事態を防止するために、公益通報対応(通報受付、調査、是正措置等)に従事する者(公益通報対応業務従事者)は、法律上の守秘義務が負うこととされ、これに違反した場合には刑事罰(30万円以下の罰金)が科されることにもなりました。体制整備義務の一環として、企業は、あらかじめ、公益通報対応業務従事者に該当する者につき指定をする必要があります。
改正公益通報者保護法に沿って内部通報規程の策定及び改定が必要となりますが、改定ポイントを整理すると、以下の表の通りです。現状の内部通報規程が、改正法に対応したものか否か、是非ご参照いただければと思います。なお、どのような改定をするかにつき、企業側の選択肢がある部分もございますため、以下のポイントはあくまで一案であり、実際に規程に落とし込むにあたっては、個別にご相談いただけますと幸いです。
条文 | 改定のポイント |
□窓口 | 窓口(公益通報対応業務)を担当する部署及び責任者を明記
【例】 社内窓口(担当部署:総務部/責任者:総務部長) <連絡先> 電話番号:●●● メール :●●● 郵送先 :●●● |
□通報者 | 通報者に退職者(1年以内の者)及び役員を明記 |
□通報対象範囲 | 通報をしたこと自体の不利益取扱いも通報対象事実として加筆
【例】 通報者は、自身が通報をしたことによる不利益取扱いについても、通報窓口に通報をすることができるものとする。 |
□通報の報告 | 社会取締役や監査役等に報告するフローを導入
【例】 通報が、代表取締役又は担当取締役に関する内容である場合には、監査役に対して報告を行い、その判断を仰ぐものとする。 |
□利益相反の回避 | 通報対象事実に関係する者を排除する規定を加筆
【例】 通報の内容に関係する社員は、当該事案の通報等の受付け、調査、及び是正措置等の検討及び決定に関与することはできない。 |
□範囲外共有の禁止 | 通報者特定情報について範囲外共有の禁止に関する規定を加筆
【例】 通報窓口担当者は、通報者等の氏名及び社員番号を含む通報者を特定させる情報(以下、「通報者特定情報」という。)を、通報者が予め明示的に同意した場合又は正当な理由がある場合を除き、調査担当者、●、●以外に共有しないものとする。なお、共有する場合であっても必要最小限に留めるものとする。 |
□探索の禁止 | 通報者が誰であるかを探索する行為の禁止に関する規定を加筆
【例】 従業員及び役員は、通報者を探索する行為を行ってはならない。ただし、通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査を実施できないなどのやむを得ない場合はこの限りではないものとする。 |
□通報者への不利益取扱いの禁止 | 通報者への不利益取扱いを禁止する規定等を加筆
【例】 1 会社は、通報者等が通報等をしたことを理由として、当該通報者等に対して解雇その他いかなる不利益な取扱いを行ってはならず、職場環境が悪化することがないように適切に処置しなければならない。 2 会社は、通報者が通報をしたことを理由として、当該通報者に対して不利益な取扱いや嫌がらせ等を行った者には、就業規則等に従い処分を課すものとする。 |
□公益通報対応業務従事者の指定 | 公益通報者対応業務従事者の指定に関する規定を加筆
【例】 1 通報窓口の担当者、●及び●は、本規程により公益通報者保護法の公益通報対応業務従事者(以下、「公益通報対応業務従事者」という。)に指定されるものとする。 2 会社は、調査担当者、調査後の是正措置等および社内処分に関与する従業員、●であって、前項に含まれない者に対しては、個別に通知を行う方法により、公益通報対応業務従事者に指定する。 |
3 法改正に向けた議論状況
同法は更なる法改正が見込まれており、現在、消費者庁における公益通報者保護制度検討会にて議論が行われています。2024年9月2日には、現時点の議論状況を踏まえた中間論点整理[3]が示されました。中間論点整理において法改正に向けた意見として挙げられた事項として、主なものは以下の通りです。
①体制整備義務の対象範囲の拡大(中小事業主への適用)
②公益通報者の探索行為禁止を明文化 ③公益通報のための資料収集/持ち出し行為の免責を明文化 ④公益通報の刑事免責の明文化 ⑤公益通報を理由とする不利益取扱いの明文化 ⑥公益通報者の立証責任緩和 ⑦濫用的通報/虚偽通報への罰則の明文化 |
上記のうち①は、仮にこの方向で法改正が行われるとすると、中小事業主にとっては負担が大きいものといえます。体制整備義務を負うということは、公益通報対応業務従事者の指定をする必要があり、その結果として、指定された者には法律上の守秘義務という重責が課せられます。ただ、昨今の法改正において、先行して大企業に法律上の義務が課され、その後一定期間経過後に、中小事業主にも同様の義務が課されるということは良く行われているため(典型例は、いわゆるパワハラ防止法に基づくパワハラ防止のための措置義務です)、近い時期に、中小事業主にも体制整備義務が課されることにはなると見込まれます。そのため、現時点から、法改正に向けた準備を進めていくことは必要と考えます。
また、上記のうち②から⑥は、公益通報者の保護をより広げる観点での意見であり、この方向で法改正が行われると、公益通報が行いやすくなり、通報件数の増加が予想されます。そのため、企業としては、内部通報制度の体制を正しく見直しておき、通報に対して適切な処理ができるようなフローを構築しておくことが必要となります。適切な通報処理のフロー構築のためには、企業内でノウハウや経験値の蓄積が欠かせませんので、法改正を見据えつつ、目の前の通報の1件1件を正しく処理していくことが肝要です。
中間論点整理では、公益通報者の保護のみならず、上記⑦のように濫用的通報/虚偽通報への規制を意識した意見も出されています。顧問先の企業から、この種の通報にどのように対処すべきか、この種の通報を抑止するための方策はないかと相談を受けることも少なくありません。ただ、法律により保護されるべき通報と濫用的通報/虚偽通報とを区別することは必ずしも容易ではなく、この点の改正が行われるのは当分先ではないかと思われますし、規制がなされるとしても極めて限定的な範囲に留まるものと予想します。
上記の通り、中間論点整理における意見は、今後の内部通報制度の在り方に大きな影響を与えるものといえ、今後も、その動きに注視をしていく必要があります。公益通報者保護法が改正されると、同法が対象とする公益通報(すなわち、法令違反行為のうち刑事罰や行政罰が適用されるものに関する通報)のみならず、その他の内部通報(ハラスメントに関する通報、コンプライアンス違反に関する通報など)の対応にも影響を与えるため、個人的見解としては、そのような影響も踏まえた慎重な改定が必要と考えます。
公益通報者保護制度検討会は、2024年中に取りまとめを行う予定となっていますので、そのタイミングで、再度の情報提供をさせていただきます。
以上
<註>
[1]https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/overview/assets/overview_210820_0001.pdf
[2]https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/assets/overview_211013_0001.pdf
[3]https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/meeting_materials/review_meeting_004/assets/consumer_partnerships_cms205_240906_01.pdf