Legal Note

リーガルノート

2025.06.09

2025-4-1 内部通報関連法務(4)~濫用的通報への向き合い方及び予防策について~

M&P Legal Note 2025 No.4-1

内部通報関連法務(4)~濫用的通報への向き合い方及び予防策について~

2025年6月10日
松田綜合法律事務所
弁護士 柴田 政樹

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1 はじめに

令和7年6月4日に、公益通報を理由とする解雇・懲戒への罰則(3000万円以下の罰金)等の導入を内容とする改正法が成立しました。この改正法は、通報者保護を徹底するためのものではあり、ひいては国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的としているものですので、同法の趣旨に則したものといえます。

もっとも、現に生じている通報案件の中には、公益通報者保護法における保護要件を充たすか否かの判断が極めて微妙なケースも少なくありません。また、いわゆる問題社員が自身の不満解消や会社や経営陣への反発を理由に行う通報などを含めた濫用的通報が行われる場合も一定数生じています。

改正法の成立により、これまで以上に通報者保護を徹底することが必要となり、通報者が通報しやすい環境づくりが進むものと考えられます。これに伴い、濫用的通報(またはそれに近しい通報)が一時的又は単発的に増加することも予想されますので、今回は、濫用的通報への向き合い方及び予防策についてご説明します。

なお、法改正の実務上の影響に関しては、以下のLNもご参照ください。

2025-1-1 内部通報関連法務(3)~公益通報者保護制度検討会の報告書を踏まえた今後の法改正の見込み~

 

2 濫用的通報への対応

 ⑴ 公益通報者保護法上の整理

公益通報者保護法は、「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的」による通報は公益通報に該当しないとしており(同法2条1項柱書)、このような通報を保護対象から除外しています。ただ、通報者側に、交渉を有利に進めようとする目的や事業者に対する反感などの公益を図る目的以外の目的が併存しているだけでは「不正の目的」とは評価されないとされています[1]。公益通報者保護法の指針においても、通報がなされた場合には「正当な理由」がある場合を除いて必要な調査を実施する必要があるとされ、この「正当な理由」とは、具体例として、解決済みの案件に関する情報が寄せられた場合や公益通報者と連絡が取れず事実確認が困難である場合など(同法の指針の解説(10頁))、極めて限定したケースに限った説明となっています。消費者庁の「事業者における通報対応に関するQ&A」のQ6でも、「通報の背景に会社や被通報者に対する不満や怨恨があると認められる場合であっても、不正の目的による通報であるかどうかは最終的には裁判所の判断に委ねられることになるため、各事業者においては慎重な判断が求められます」としています。

したがって、通報者の通報内容や態度等から、専ら公益を図るための通報とは見受けられず、私益を図る目的があるなどの濫用的通報に見えたとしても、そのことだけをもって、直ちに、通報を不受理とするような対応は不適切と言わざるを得ません。企業としては、中立的な立場で通報を受理しつつ、丁寧かつ慎重に対応することが必要です。企業に対する不満や怨恨があるからこそ、無用な忖度をせずに企業内の不正を通報できるという側面もありますので、調査の契機が濫用的通報であったとしても、企業内の不正が発覚する可能性があることを、企業としては正しく認識する必要があります。

 ⑵ 濫用的通報に対する予防策

上記の通り、濫用的通報と見えるような事案であっても、窓口担当者としては、丁寧かつ慎重に対応していく必要がございます。とはいえ、濫用的通報が乱発されることになりますと、内部通報担当者に過大な負担が生じることになりますし、内部通報制度の本来の存在意義を損なうことにもなりかねません。このような状態を放置してしまいますと、他の従業員にとっても、内部通報制度を利用することで、自身が問題社員であるかのようなラベル貼りがされてしまうのではないかと危惧し、その利用を躊躇することにもつながってしまう面もあります。

そこで、企業側としては、濫用的通報が行われないような予防策を講じておくことが肝要です。

予防策のひとつとしては、内部通報規程において、以下のような禁止行為[2]の規定を定めつつ、これに違反した場合には懲戒処分等を行うことがある旨を明記しておくことが考えられます。ただし、禁止行為を広く設定することで、内部通報制度が利用しにくいという印象を与えてしまう面がありますため、どこまで明記するかは、企業ごとの判断が必要であるものと存じます。

 

【規定例】

第●条(禁止行為)

1 従業員は、以下のような通報を行ってはならないものとする。

(1) 虚偽の内容や他人の誹謗中傷を目的とした通報

(2) 既に是正され、解決した事案であることを知りながら、専ら自己の利益を実現するために行う通報

(3) 軽微な事実を殊更誇張して繰り返し行う通報

(4) 通報窓口担当者に対して威圧的な態度で行う通報

(5) その他不正の目的を有する通報

2 会社は前項各号に該当する通報を行った者に対し、就業規則に従って懲戒処分を課すことができる。

また、別の予防策として、社内研修の中で、内部通報制度の本来の存在意義を正しく従業員に説明するということも有益です。内部通報制度は、通報者からの通報を契機に調査を行うものではあるものの、あくまで企業内の不正やコンプライアンス違反等を是正するためのものであり、通報者個人の不満解消やその納得を得ることが第一の目的ではありません(通報者が被害を受けている状況であれば、これに対して是正措置が行われるべきことは当然必要です。)。濫用的通報(またはそれに近しい通報)が行われるようなケースでは、通報者側が、制度趣旨を十分に把握していないことも少なくないため、このような社内研修が必要と考えます。また、社内研修の中で濫用的通報を取り上げることにより、意図して濫用的通報を行うことがないように牽制することもできます。

 

3 最後に

今回は、企業からのご相談も多い濫用的通報を取り上げさせていただきました。内部通報制度が利用しやすくなればなるほど濫用的通報が行われる可能性も高まるという関係にあるため、企業として頭の痛い問題かとは存じます。松田綜合法律事務所では、内部通報関連法務チームが、企業の成長・発展のサポートのため、各種サービス(内部通報外部窓口業務、内部通報処理支援サービス、社内研修等)を提供しておりますので、内部㋒通報制度に関してお悩み等がありましたら、お気軽にお問合せいただけますと幸いです。

 

以上

 

<註>

[1] 消費者庁参事官(公益通報・協働担当)室編「逐条解説 公益通報者保護法〔第2版〕」(商事法務・2023年)。

[2] 規定例の禁止行為⑵から⑷は、消費者庁の公益通報者保護制度検討会の資料において、濫用的通報の類型として挙げられているものです。https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/meeting_materials/assets/consumer_partnerships_cms205_241001_11.pdf

 

<シリーズ:内部通報関連法務>

 

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