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リーガルノート

2022.01.06

2022-1-1 迫られる日本企業の「ビジネスと人権」対応③―1~日本の状況~

M&P Legal Note 2021 No.1-1

迫られる日本企業の「ビジネスと人権」対応③―1~日本の状況~

2022年1月7日
松田綜合法律事務所
弁護士 水谷 嘉伸

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第1回では、「ビジネスと人権」を理解するうえで根幹となる「ビジネスと人権に関する指導原則」について概説し、第2回では、世界における「ビジネスと人権」にかかる法制化の流れを説明した。それらを踏まえ、最後に2回に分けて後れを取っている日本の状況と日本企業の取るべき対応について述べることとする。

1.後追いの日本の状況

第2回において解説した通り、世界では「ビジネスと人権」にかかる法制化の流れが加速しているが、日本の状況を見ると、欧米に比べて対応は後手に回っていると言わざるを得ない。

(1) 国の動向

(ⅰ)国別行動計画(National Action Plan)の公表

まず、2020年10月に、日本政府より国別行動計画(National Action Plan)(以下「行動計画」という。)が発表されているが[1]、企業に対しては、以下の項目を「期待」することを表明するにとどまっている。

①人権デュー・デリジェンスのプロセスを導入すること

②サプライチェーンにおけるものを含むステークホルダーとの対話を行うこと

③効果的な苦情処理の仕組みを通じて、問題解決を図ること

「ビジネスと人権に関する指導原則」の内容に則った行動計画を日本政府が発表したことは歓迎すべきことではあるが、もともと法的強制力のない行動計画における「期待表明」は、それに向かって企業行動を促す効果としては踏み込み不足の印象が拭えない。

(ⅱ)国別行動計画の実施・見直しに関する枠組み

行動計画は5年間で見直されることになっており、行動計画の実施及び見直し段階において、必要な検討及び決定を関係府省庁が連携して行うため、2021年3月に、局長級の「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁連絡会議」が設置された[2]。また、関係府省庁と有識者や各界からの関係者との継続的な対話の場として、「ビジネスと人権に関する行動計画推進円卓会議」が上記関係府省庁連絡会議の下で開催されている[3]

また、行動計画のフォローアップの一環として、経済産業省が、外務省と連名で、「企業による人権デュー・デリジェンスの導入を促進するための今後の政府の取組について検討するうえで、重要な参考資料」とするべく、東証一部・二部上場企業等2786社に対して「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査」を実施し(2021年9月3日~同年10月14日)、同年11月30日にその調査結果を公表している[4]

(ⅲ)その他

昨年10月に岸田新政権が発足し、岸田首相が国際人権問題担当の首相補佐官を置いた[5]ことや、G7の貿易相会合において、強制労働に関する共同声明が纏められた[6]といった動きはあるが、これらは中国等を念頭に置いた経済安全保障政策の色合いも濃く[7]、欧米のようにビジネスにおける人権保護を前面に打ち出した日本政府の目立った対応は、上記(i)(ii)の他は見られない[8]

(2) 官民連携、業界団体等の動向

一方、官民連携した動きとしては、2021年7月、経済産業省が設置した「繊維産業のサステナビリティに関する検討会」が取りまとめた「繊維産業のサステナビリティに関する検討会 報告書」が公表され、その中で、「業界団体において、幅広い労働問題に取り組む国際労働機関(ILO)を始めとした国際機関とも連携しつつ、企業がよりデュー・デリジェンスに取り組みやすくするためのガイドライン策定」をすることが提言されており、それを受けて、業界団体である日本繊維産業連盟は、国際労働機関(ILO)と連携して、2022年7月を目途に国内の繊維関連会社を対象にした強制労働の排除のための対応指針を作成する旨が報道されている[9]

また、東京証券取引所は、2021年6月11日に「コーポレートガバナンス・コード」(以下「CGコード」という。)を改訂し、「サステナビリティを巡る課題」として「人権の尊重」「従業員の健康・労働環境への配慮」がCGコードに明記され、また、取締役会は「これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきである」とされ[10]、CGコードが適用される日本の上場企業に対して、自発的な対応を促している。

一方、業界団体レベルでは、経団連が定める「企業行動憲章」が2017年11月8日に改訂され[11]、独立した条文として「人権の尊重」が掲げられた。更に、その後の「ビジネスと人権」にかかる国内外の状況の進展を受け、2021年12月14日には、「企業行動憲章 実行の手引き」のうち「第4章 人権の尊重」の内容を見直した改訂版(第8版)と担当役員・実務担当者向けの「人権を尊重する経営のためのハンドブック」が公表された[12]。このほか、JEITA(電子情報技術産業協会)は、2020年3月、企業がESGに配慮した電子部品の供給責任を果たすための指針として「責任ある企業行動ガイドライン~サプライチェーンにおける責任ある企業行動推進のために~」を公表している[13]

また、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は「持続可能性に配慮した調達コード」を策定し[14]、調達に関与する事業者に対し、人権・労働問題の防止等に関する基準を満たすよう求めた。

海外から厳しい目を向けられている外国人技能実習生制度の関連では、国際協力機構(JICA)が、2020年11月16日、外国人労働者を受け入れる民間企業、業界団体、労働組合、弁護士等が外国人労働者の抱える労働・社会問題の解決に向けて連携するための任意団体「責任ある外国人労働者受入れプラットフォーム」[15]を設立している。また、国際的な業界団体「ザ・コンシューマー・グッズ・フォーラム(CGF)」に加盟する日本の消費財メーカーや小売事業者など22社は、外国人技能実習生制度における企業の適切な取り組みを定めた「技能実習生・特定技能としての外国人労働者の責任ある雇用ガイドライン」を策定している[16]

(3) 企業の自主的取り組み

上記の他、企業レベルでの自主的な取り組みとして、ISO26000(社会的責任に関する国際規格)適合への取組みや国連グローバル・コンパクト(UNGC)への参加が挙げられる。

ISO26000(社会的責任に関する国際規格)は、2010年11月1日に発行した組織の社会的責任に関する国際規格で、手引規格と位置付けられており、要求事項を示した認証規格ではないが、前述の企業行動憲章にも反映され、日本において広く受け入れられている規格である。そのため、ISO26000を自社の行動規範の策定・運用に取り入れている日本企業も多い。

また、国連グローバル・コンパクト(UNGC)は、2000年に国連本部で正式に発足したもので、各企業・団体が責任ある創造的なリーダーシップを発揮することによって、社会の良き一員として行動し、持続可能な成長を実現するための世界的な枠組み作りに参加する自発的な取り組みである。これに署名する企業・団体に対しては、「人権・労働・環境・腐敗防止」の4分野に関する10の原則を順守し実践することが求められ、2021年12月16日時点で、日本における加入企業・団体は448に上る。

2.なぜ日本企業は対応を迫られているのか?

以上の通り、今のところ、日本において企業に人権対応を法的に義務付ける法律(ハードロー)を制定する動きは乏しく、法的な拘束力のない国別行動計画や業界団体が策定するガイドライン等の「ソフトロー」にとどまっている。

しかし、「ソフトロー」だからといって日本企業が「ビジネスと人権」への対応を実施しなくてよいということにはなっていない。むしろ、以下に述べる理由から、日本企業として対応を実施することが不可避の情勢になっており、対策を怠ることは企業経営を揺るがすリスクを放置することになりかねない。そして、これは企業の規模・業種やその活動地域を問わず対応が必要となる重要な経営課題であると認識する必要がある。

(1) 海外法制が適用される可能性

第一に、第2回においても述べたが、海外の法制であっても日本企業に直接または間接に適用されることがある点である。即ち、法制によっては、その国に現地法人等の拠点がない場合であっても何らかの事業を行っている、あるいはその国に自社製品・サービスを提供していれば当該国の法制が適用される可能性があるため、これらにあてはまる企業は少なくとも適用の可否について確認する必要がある。また、仮に直接の適用がない場合であっても、海外の川下企業のサプライチェーンに日本企業が組み込まれている場合において、当該川下企業にサプライチェーン上の人権DDが義務付けられていれば、必然的に川上の当該日本企業に対して人権DDへの協力が要請されることになる。仮に当該日本企業が重大な人権リスクを抱えている場合には強い是正要求を受けたり、取引停止の憂き目に遭うリスクもある。自社の経営に口を挟んでくることを「余計なお世話」と考えて軽々にあしらうことは事の本質を理解しておらず、そのような企業は人権リスクに適切に対処している企業と比べて競争上不利な立場に置かれることになる。

(2) 川下のグローバル企業が自主的に定める企業行動規範を遵守する必要性

第二に、そのような海外の法制がない場合であっても、グローバル企業においては、サプライヤーに求める独自の人権にかかる行動規範を制定していることが多いほか、業界団体が定める行動規範があり、そのような規範を遵守することが同社のサプライヤーになるための資格要件とされていることがある点である。例えば、RBA(Responsible Business Alliance)行動規範が有名である。これは「電気電子機器(エレクトロニクス)産業またはそれらが主な部品である産業およびそのサプライチェーンにおいて、労働環境が安全であること、労働者が敬意と尊厳を持って処遇されること、さらにその事業活動が環境に対し責任を持ち倫理的に行われることを確実にするための基準」[17]であり、主に電子機器メーカーやそのサプライヤーが参加している。

このようなグローバル企業の定める行動規範を日本企業が遵守しないことは自由である一方、遵守しない場合にはそもそもそのようなグローバル企業と取引することができず、有力企業ほどそのような行動規範を定めているため、ビジネス上大きな影響がある。また、そのような企業と取引を開始するにあたっては、かかる行動規範を遵守することや遵守状況を確認するための監査を受け入れること等の義務が取引契約に定められることが一般的である。そのため、かかる取引契約を締結した日本企業は、人権対応が契約上の義務となる。

(3) 投資家や金融機関が投資先・融資先の人権対応を評価対象としている

第三に、SDGs、ESGの流れを受けて、人権項目も非財務指標として投資や融資の際に勘案される要素となっており、今後益々その重要性は増していくことが想定される点である。投資家や金融機関は、環境問題と併せて人権問題への取り組みに熱心な企業に対して資金を振り向けており、今後、当該問題にかかる開示が強化されるのと併せて、その流れは加速していく。従って、人権問題に疎い企業は外部からの資金調達に苦慮することになり、成長資金のみならず、運転資金すら外部から確保することが難しくなることも覚悟しなければならない。なお、人権課題を有する企業に対する投資又は融資に関する最近の日本のトレンドは、即投資を引き上げる(ダイベストメント)のではなく、投資先・融資先との対話・エンゲージメントを通じた課題是正を働きかける、というものである。第1回において人権DDの特徴の一つとして述べた「ステークホルダー・エンゲージメント」と考え方を共通にするものと言える。

(4) NGOからのプレッシャー、消費者・労働者の意識向上

最後に、国内外のNGOの動向も無視できない。従前、日本企業はNGO対応を敬遠しがちであったと思われるが、今はNGOへの対応が社会的評価を左右することがある他、NGOから有益な人権リスクにかかる情報を入手したり、NGOと協働することで人権リスクに効果的に対処することができる場合もある。NGOからコンタクトがあった場合に(社長宛に公開質問状として送付されてくる場合もある)、放置することや軽んじた対応を取ることは経営上重大なリスクになりうることを認識する必要がある。

また、日本の消費者も徐々にではあるが、日常的に触れる商品やサービスにかかる人権問題に意識が向き始めている。そのような「エシカル消費」が広がると、人権対応を行っていない企業の商品やサービスは競争上不利になる。また、企業内又は取引先の従業員の意識も向上しており、企業又は自社製品・サービスが抱える人権問題について従業員からも声が上がり易くなっていると言える。そして、優秀な人材であるほど、そのような問題への意識が高く、優秀な人材の雇用や維持の観点からも、人権対応は非常に重要なテーマとなっていると言える。

 

(次稿に続く)

 

 

[1] https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100104121.pdf

[2] https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100180501.pdf

[3] 現在のところ、第1回が2021年7月26日に開催されている(https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page23_003546.html)。

[4] https://www.meti.go.jp/press/2021/11/20211130001/20211130001.html

[5] 任命された中谷元首相補佐官は、人権侵害に関与した外国の当局者への制裁を可能とする法整備の検討や企業が人権尊重に取り組み易くするための企業向けのガイドラインの策定を提起する(2021年11月23日「人権侵害に制裁法『導入の是非検討』 中谷首相補佐官」日本経済新聞)。

[6] https://www.meti.go.jp/press/2021/10/20211022008/20211022008.html

[7] この関連で、日本政府は人権侵害に使われる恐れのある顔認証技術等の先端の監視技術について輸出規制を検討する旨報道されており、これは中国やロシアなどを念頭に人権侵害の観点から多国間での輸出管理を目指す欧米等の取り組みを受けたものと考えられる(2021年12月24日「人権侵害で輸出規制 ルール化、米欧と連携 顔認証技術など対象、政府検討」日本経済新聞)。

[8] 中谷元首相補佐官は、取材において、人権DD等の法制化については選択肢として排除しないと述べるが、関係省庁の課長級職員を集めて連絡をとる会議体の発足を提起するにとどまっている(脚注5引用の記事参照)。

[9] 2021年7月11日「繊維産業の『人権』調査指針 官民、ウイグル問題念頭に」日本経済新聞、2021年11月4日「人権調査指針でILOと連携 繊維団体が覚書」日本経済新聞

[10] CGコード 補充原則2-3①

[11] https://www.keidanren.or.jp/policy/cgcb/charter2017.html

[12] https://www.keidanren.or.jp/policy/2021/115.html

[13] https://www.jeita.or.jp/japanese/pickup/category/2020/200331.html

[14] https://www.tokyo2020.jp/ja/games/sustainability/sus-code/index.html

[15] https://jp-mirai.org/jp/

[16] 2021年10月16日「外国人実習生に雇用指針 製造業など『搾取』批判に対応」日本経済新聞

[17] https://www.responsiblebusiness.org/media/docs/RBACodeofConduct7.0_Japanese.pdf

 

<シリーズ:迫られる日本企業の「ビジネスと人権」対応>

 

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