Legal Note

リーガルノート

2021.11.26

2021-11-1 迫られる日本企業の 「ビジネスと人権」対応② ~世界の情勢~

M&P Legal Note 2021 No.11-1

迫られる日本企業の「ビジネスと人権」対応② ~世界の情勢~

2021年11月29日
松田綜合法律事務所
弁護士 水谷 嘉伸

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前稿では、「ビジネスと人権」を理解するうえで根幹となる「ビジネスと人権に関する指導原則」について概説した。本稿では、世界における「ビジネスと人権」にかかる法制化の流れを説明する。

1 世界における法制化(ハードロー化)の流れ

「ビジネスと人権に関する指導原則」は、企業行動に極めて重要な指針を提供するものであるが、法的拘束力のないソフトローである。そのため、ある企業がかかる原則と抵触する企業行動を取ったとしても、それを理由に直ちに法的な責任を問われることはない。

しかし、近年のSDGsやESGの流れ等も受けて、欧米を中心に「ビジネスと人権」に関するルールを法制化(=ハードロー化)する動きが急速に広がっている。

かかる法規制は多岐・多地域にわたるが、その内容に応じて大きく①紛争鉱物規制、②開示規制、③輸出入規制、④調達規制、⑤デュー・デリジェンス規制に分けることができることから、かかる分類に従って以下概説をする[1]

(1) 紛争鉱物規制

2010年に成立した金融規制改革法(ドッド・フランク法)第1502条と、2017年に発効し今年1月に全面適用となったEU紛争鉱物規則がある。

ドッド・フランク法は、米国上場企業に対して、自社及び連結子会社の製品中におけるコンゴ民主共和国(DRC)及びその周辺国で産出される「紛争鉱物」(3TGと呼ばれる錫(すず)、タンタル、タングステン、金を指す)の使用状況を調査し年次で開示すること等を義務付けている。

一方、EU紛争鉱物規則は、EU域内への「紛争鉱物」の輸入者に対してサプライチェーンのデュー・デリジェンスを実施する義務等を課すものである。同規則は、ドッド・フランク法と比べ、対象とするリスクが異なるほか[2]、対象地域も「紛争地域および高リスク地域(CAHRAs)(Conflict Affeced and High-Risk Areas)」と広く[3]、2023年には対象鉱物をコバルト等にも拡大する見直しも検討されていることに留意が必要である。

(2) 開示規制

開示規制は、一定の人権リスクにかかる情報の開示を義務付ける規制であり、企業に対して人権リスクにかかる予防措置等を直接義務付けるものではないものの、開示を求めることにより、開示内容が投資家、従業員、取引先、NGO、一般社会等の評価・批判に晒され、開示した企業が内外の圧力を受けて人権リスクに対する適切な措置を取るよう強く促されることを企図した制度である。2015年の英国現代奴隷法(Modern Slavery Act 2015)が有名であるが、それを含めて以下のように複数の国において法制化されている。

 

  国・地域 法令名 対象企業 内容
2010年成立・2012年施行 米国カリフォルニア州 カリフォルニア州サプライチェーン透明法 (California Transparency in Supply Chains Act of 2010) CA州で事業を行っている年間総収入1億ドル超の小売企業又は製造企業 サプライチェーンの奴隷労働・人身取引に関する所定の情報の報告(開示)を義務付け
2014年採択(2018年より義務化) 欧州連合(EU) EU非財務情報開示指令(特定大規模事業者及びグループによる非財務及び多様性に関する情報の開示指令)(EU指令2014/95) EU域内の従業員500人超の上場企業等 財務情報に加え、環境・人権等の非財務情報の開示を義務付け
2015年成立・施行 イギリス 現代奴隷法(Modern Slavery Act 2015) イギリスで事業を行い、商品又はサービスの提供を行っている年間売上高3500万ポンド(約53億2,000万円、1ポンド=約152円)以上の企業 自社の事業及びサプライチェーンにおいて奴隷労働・人身取引が発生しないことを確保するためにとった措置(あるいはそれをとらなかったこと)にかかる報告(開示)を義務付け

*改正予定あり

2018年成立・2019年施行 オーストラリア 現代奴隷法(Modern Slavery Act 2018) オーストラリアで事業を行う年間収益1億オーストラリアドル(約82億円、1豪ドル=約82円)超の企業 自社の事業及びサプライチェーンにおける現代奴隷のリスクとその対応について報告(開示)を義務付け

 

(3) 輸出入規制

米国の1930年関税法307条を挙げることができる。かかる法律は、強制労働が関わっている製品について、米国の税関当局である税関国境警備局(CBP)が、その裁量によって違反商品保留命令(WRO(Withhold Release Order))を出し、輸入の差止めを行うことができるものである[4]。2016年2月に成立した2015年貿易円滑化・貿易執行法により差止めの要件が緩和され、発動され易くなったと言われている。最近でも、今年5月、日本企業の製品がその対象になったことが報道されている[5]

(4) 調達規制

主に公的機関が調達先に人権対応を求める規制であり、例えば、2015年に改正された米国の連邦調達規則は、連邦政府機関と契約する事業者に対して、強制労働・児童労働を使っていないか毎年確認する義務を課している。

(5) デュー・デリジェンス規制

これは、サプライチェーンを含む人権リスクについて、企業に人権デュー・デリジェンス(以下「人権DD」という。)を実施し、その結果を開示することを義務付けるものであり、以下の例のように近年立て続けに立法化されている。

国・地域 法令名 対象企業 内容
2017年成立・施行 フランス 企業注意義務法(Corporate Duty of Vigilance Law) フランスに所在する、国内で従業員5000人以上又は国内外で1万人以上の企業 人権侵害や環境被害を防止するための計画の作成・公表・実施を義務付け
2019年成立・2022年施行予定 オランダ 児童労働デューデリジェンス法

 

オランダの消費者向けに年2回以上製品やサービスを提供している企業 児童労働に関するデューデリジェンスを義務付け

*別法案審議中

2021年6月成立

(2023年1月施行予定)

ドイツ サプライチェーンにおける企業のデューデリジェンスに関する法律

(Act on Corporate Due Diligence in Supply Chains)

ドイツに拠点を置く従業員3000人以上の企業

*2024年から1000人以上に

サプライチェーンについて人権と環境に対する注意義務を負い、自社及び直接取引先、そして、一定の場合には間接的なサプライヤーに対して、人権と環境に関するデューデリジェンスの実施を義務付け

 

そして、未だ草案段階ではあるものの、EUレベルで議論されている「企業によるデューデリジェンス及び説明責任に関する指令」(Directive on Corporate Due Diligence and Corporate Accountability)の動向には特に注意する必要がある。これは、EU域内で事業を行う企業に広く「バリューチェーン」上の人権・環境に関するデュー・デリジェンスの実施等を義務付ける指令であり、日本企業にも大きな影響を与えることが想定される。当該指令が発効した場合[6]、2年以内にEU加盟国において国内法を制定することになる。

この点、興味深いのは、かかる法制化をグローバル企業を含む多くの企業がむしろ望んでいる点である。その理由の一つとして挙げられているのが「Level Playing Field(公正な取引環境)」の確保である。即ち、自社のみが指導原則等のソフトローに基づき(いわば自主的に)人権DD等の負担を負うことになれば、ソフトローに従わない他企業と競争上不利な立場に置かれるため、等しく全ての企業にハードローによる法的義務を負わせることにより公正な取引環境を確保するべきであるという考えである。そして、EUレベルで人権DD等が義務化されれば、EU域内においてそれが義務化されている国の企業とそうでない国の企業との間の競争上の不平等はなくなり、EU全体における「Level Playing Field(公正な取引環境)」が確保されることになるという訳である。

2 日本企業への影響

本稿では海外における「ビジネスと人権」にかかる各種規制(ハードロー)について紹介したが、日本企業としては次の点に留意したい。

一点目は、当該規制がある国に現地法人等の拠点がある日本企業はその遵守が必要となることはもちろんであるが、法令によっては、必ずしも当該国に拠点がない場合であっても何らかの事業が行われている場合には日本企業に適用される可能性があることである。例えば、オランダの児童労働デューデリジェンス法は、「オランダの消費者向けに年2回以上製品やサービスを提供している企業」に適用され、オランダに拠点があることは要件とされていない。

二点目は、日本企業に法令が直接適用されない場合であっても、その企業が川下企業のサプライチェーンに組み込まれている場合には、川下企業に法令が適用されることにより、その川下企業から人権デュー・デリジェンスへの対応等が求められることも十分想定されることである。

従って、日本企業が海外に拠点を一切有していない、あるいは上記規制のある国に拠点を有していないからといって、「対岸の火事」として何ら対応しないと足元をすくわれかねない状況にあることを認識する必要がある。

 

<注>

[1] この他にも、中国の新疆ウイグル自治区における人権侵害の指摘を受け発動され又は成立した各種措置や法令(米国輸出管理規則(Export Administration Regulations)に基づく米国原産品等の輸出・再輸出の規制対象となる「エンティティリスト」への対象企業・団体の追加や2020年6月成立の米国ウイグル人権政策法(Uyghur Human Rights Policy Act of 2020)、EUグローバル人権制裁制度(EU Global Human Sanctions Regime)に基づく制裁措置等)もあるが、これは「ビジネスと人権」の側面と共に、経済安全保障の観点からの政治的・外交的な背景もある法的措置と位置付けられることから、議論の複雑化を避けるため、ここでは取り上げない。

[2] ドッド・フランク法が対象とするリスクは、紛争鉱物が武装勢力の資金源となるリスクであるが、EU紛争鉱物規則が対象とするリスクは、OECDが発行した「紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」の附属書Ⅱに記載されているリスクであり、より幅広く、鉱物の採掘、輸送、取引に関連した児童労働等の人権侵害リスク等も含まれる。

[3] また、完全な包含関係にもなく、ドッド・フランク法の対象国の一部はEU紛争鉱物規則の対象地域に含まれていない。

[4] なお、中国の新疆ウイグル自治区に関わるものであり、純粋に「ビジネスと人権」のみに関するものではないが、米国は2021年1月、新疆ウイグル自治区からの綿・トマト(その派生製品を含む)に対する包括的なWROを発動した。更に、2021年7月14日、米国上院において「ウイグル強制労働防止法(Uyghur Forced Labor Prevention Act)」が全会一致で可決されているが、かかる法案は、新疆ウイグル自治区で採掘・生産された製品全てについて、原則として、関税法307条による輸入差止めの対象とするものであり、かかる法律が成立した場合には大きな影響が及ぶことが想定されるので注意が必要である。

[5] 2021年5月19日「米税関、ユニクロシャツの輸入差し止め ウイグル問題で」日本経済新聞

[6] 欧州委員会は、今秋にも指令案を公表すると言われていたが、現時点において公表されていない。

 

<シリーズ:迫られる日本企業の「ビジネスと人権」対応>

 

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