M&P Legal Note 2023 No.6-1
生成AIを利用するときの著作権法上の留意点
2023年7月3日
松田綜合法律事務所
弁護士 森田 岳人
1 生成AIの登場と衝撃
最近、生成AI(Generative AI)というサービスが次々登場しています。生成AIとは、機械学習によってテキスト、プログラムコード、画像、動画、音声、音楽などの新しいデータを生成することができるAIです。例えばテキストを作成するタイプのものにはChatGPT(Open AI社)やBard(Google社)があります。また、画像を作成するタイプのものにはStabel Diffusion(Stability AI社等)やMidjourney(Midjourney社)などがあります。
生成AIの性能は驚異的なスピードで向上し、かつ無償または安価に提供され始めたこともあって、世界中で急速に普及が始まっています。生成AIは毎週のようにアップデートしたり、新しいサービスやプラグインが登場したり、新しいプロンプトや使用方法が開発されたりしています。
私もこの流れに乗り遅れまいと、毎日新しいニュースを見たり、様々な生成AIを試したりしていますが、全く追いつきません。
2 生成AIの課題と、それに対する政府の対応
以上のように爆発的な発展を遂げている生成AIですが、一方で、技術的、社会的、倫理的、法的な課題も明らかとなってきました。
2023年5月のG7広島サミット首脳宣言[1]では、生成AIについて閣僚級で議論する新たな枠組み「広島AIプロセス」が盛り込まれ、G7各国の実務者レベルでの議論が始まっています。
日本では、内閣府の下で有識者によるAI戦略会議が開催されており、2023年5月には「AIに関する暫定的な論点整理」[2]が取りまとめられました。また、AIに関する課題に関係省庁が連携して迅速に対応していくために、総理補佐官と関係省庁の実務者級があつまるAI戦略チームが編成されています[3]。
EUでは、2021年からAIに関する包括的な規制法案を協議していましたが、生成AIの急速な発展と普及を受け、AI規制法案に生成AIに関する新たな条項を盛り込み、2023年6月に欧州議会で採択されました[4]。
米国でもAIに対する連邦レベルでの法規制の動きがでてきており、2023年6月にはバイデン大統領がネット上の情報保護を促進するための法整備を連邦議会に呼びかけ[5]、連邦議会上院トップのチャック・シューマー院内総務(民主党)もAIの急速な進歩に連邦議会が対応するための包括的な枠組みを提案しました[6]。
3 生成AIと著作権の問題
生成AIをめぐる法的課題の1つに著作権の問題があります。例えば①生成AIを利用してできた生成物が既存の著作物と類似している場合に著作権侵害となるのか、②生成AIを開発するときに他人の著作物を学習用データとして利用できるのか、③生成AIを利用してできた生成物に著作権は発生するのかなどです。
本稿では①の問題について取り上げます。
4 設例
以下の設例で考えてみましょう。
Yは、文章を生成できる生成AIに数行の簡単なプロンプトを入力して、あるトピックについての文章を作成し、そのままウェブ上で公開しました。
ところが、Yは、Xから「自分のブログの文章とほとんど同じ文章であり、著作権侵害(複製権及び公衆送信権侵害)だから、ただちに削除してほしい。」とのクレームを受けました。
Yが確認したところ、確かにYが生成AIで作成して公開している文章と、Xのブログがそっくりです。ただ、YはXのブログをこれまで見たことはありません。
YはXからの削除要求に応じなければならないでしょうか。
5 著作権侵害と依拠性
この設例で著作権法上一番の問題となるのは「依拠性」という要件です。
著作権侵害が認められるためには、主として①類似性と②依拠性が必要と解されています。
①類似性:既存の他人の著作物と同一又は類似していること
②依拠性:既存の著作物に接して、それを自己の作品の中に用いること
もし、たまたま他人の著作物と類似の作品を創作してしまった場合(独自創作)にも著作権侵害となってしまうのであれば、創作者は、何かを創作しようとする前に世界中のあらゆる著作物を調べて類似のものがないかを確認してからでないと、安心して創作活動ができなくなってしまいます。そのようなことにならないように、著作権侵害の要件として依拠性が必要と解されており、判例でも認められています(最判昭53・9・7判時906号38頁)。
では、裁判では、どのようにして依拠性の有無が判断されるのでしょうか。これについては、既存の著作物と自己の作品とが相当程度類似しているか否か、つまり依拠していない限りこれほど類似することは経験則上あり得ないといえるかどうかで判断されることが裁判では多いです。
6 依拠性が認められるか
それでは設例の事案において依拠性が認められるのでしょうか。
生成AIを利用したYの主張としては以下が考えられます。
・自分自身はXのブログを見たことも聞いたこともないのに、依拠性が認められて著作権侵害だと非難されるのは納得できない。
・自分は、生成AIがどのようなデータを学習しているのか全く知らない。学習データの中にXのブログが入っていたのかも知らないし、知ることもできない。
・Xが依拠性を主張するなら、まずはXで依拠性を立証すべき。似ているというだけでは、依拠したとは言えない。
・生成AIは世界中の膨大なデータを学習しているはずなので、その生成AIが作成する文章は、膨大な学習用データの中のいずれかには似てくるのではないか。そうすると生成AIが生成するほとんどの文章が著作権侵害となってしまう。
・そもそも生成AIはXのブログをコピペしているわけではなく、膨大なデータで学習されたパラメーターに基づき文章を自動生成しただけである。生成時にはXのブログを参照してない。
・自分が全く知らないのに著作権侵害になってしまうのであれば、怖くて生成AIを利用できない。
一方、ブログ作成者のXは以下のように反論します。
・生成AIはネット上の膨大なデータを収集して学習しているはずであり、自分のブログも学習したはずだ。その生成AIが自分のブログとそっくりの文章を作成したのであれば、依拠性は認められるべき。
・Yが依拠を否定するなら、Yで、生成AIが自分のブログを参照していないことを立証すべき。
・Yが汗をかいて一から創作した文章であり、それがたまたま自分のブログと似てしまったのであれば、自分も仕方ないかなと思う。ただ、Yは生成AIに数行のプロンプトを入力しただけで、あとは何もしていないではないか。Yを保護する必要はない。
・生成AIが作成した文章に依拠性が認められないのであれば、自分のブログとそっくりの文章が出回っても何も言えなくなってしまうので、今後はブログの作成や公開はしたくない。世界中のブロガーが、皆、そうなってしまうだろう。
さて、皆さんはこのようなXさんとYさんの主張を聞いて、どちらの言い分が正しいと思われましたでしょうか。
生成AIと依拠性の問題はこれまでなかった新しい法律問題であり、判例もないため、現在活発に議論されていますが、統一的な見解はありません。
文化庁が2023年6月に公表した「AIと著作権」という資料[7]では、生成AIと著作権の問題がわかりやすく整理されていますが、当該資料においても、依拠性の問題については「最終的には裁判所により、個別の作品ごとに判断されるものですが、文化庁としても、AI生成物の場合の考え方を整理し、周知を進めていきます」と述べるにとどまっています。
したがって、現段階では生成AIと依拠性の問題について結論が出ておらず、著作権侵害の可能性が残る以上、実務上は、当面の間、以下のような慎重な対応を取らざるを得ないでしょう。
・著作権の保護期間が切れた著作物や著作権者の承諾を得た著作物のみで学習するなど、著作権法上の問題が生じないように設計された生成AIを利用する[8]
・生成AIによる生成物を利用する前に、同一または類似の著作物がないかを調査する
・同一または類似の著作物がある場合には、生成AIによる生成物を利用しない
・著作権侵害とならない私的使用の範囲でのみ生成AIによる生成物を利用する
・生成AIによる生成物をそのまま利用するのではなく、全く異なる著作物になるように大幅に改変したうえで利用する
以上、生成AIを利用するときの著作権法上の問題について説明しました。
なお、実際の事案においは、個別具体的な検討が必要になりますので、弁護士等の専門家に相談されるようにお願いいたします。
以上
[1] https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100507034.pdf
[2] https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ronten_honbun.pdf
[3] https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_team/ai_team.html
[4] https://www.nikkei.com/article/DGKKZO71898780V10C23A6MM8000/
[5] https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN210340R20C23A6000000/?ap=1
[6] https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/06/5c66b04d70316937.html
[7] https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/pdf/93903601_01.pdf
[8] 例えばAdobe社の画像生成AI「Adobe Firefly」は、ライセンス取得済み画像や著作権切れの画像のみを学習させているため、クリエイターの権利を侵害しないと説明されています。https://www.adobe.com/jp/news-room/news/202303/20230321_adobe-unveils-firefly.html
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