M&P Legal Note 2025 No.3-2
医療法務【労務】(1)~医師の働き方改革と実務的な対応の視点~
2025年5月26日
松田綜合法律事務所
弁護士 柴田 政樹
1.はじめに
いわゆる働き方改革関連法によって導入された時間外労働の上限規制は、一部の業種に関して適用猶予措置が採られており、医療に従事する医師に関しても適用猶予とされていました。ただ、2024年4月1日以降、医師の働き方改革に伴い、医療の特殊性を踏まえた時間外労働の上限規制の適用が開始されています。働き方改革関連法が施行された段階から予定されていたこととはいえ、医師の長時間労働の是正は容易なことではないため、現時点でも、医療機関として十分な対応が行えていないということが現実であるように存じます。
長時間労働の実態が改善されないままの状況では、医師の健康確保がままならず、結果として、過労死や過労自殺を引き起こしかねません。2022年5月に神戸市の医療機関に勤める医師(当時26歳)が、うつ病を発症し自殺をした事案では、労基署による調査において、自殺1ヶ月前の時間外労働時間は200時間超及び100日間の連続勤務が認定されたとの報道もなされています。
医師の労働時間に関しては、そもそもの稼働時間の長さという実態だけではなく、仮眠時間・待機時間、自己研鑽時間をどのように評価するのか(労働時間該当性の評価)という点もあるため、対応に苦慮される医療機関も多いとは存じますが、まずは、新たに導入された医師の時間外労働の上限規制の内容に関してご説明をした上で、実務上の対応ポイントを解説いたします。
2 医師の働き方改革(時間外労働の上限規制)
医師の働き方改革により、時間外労働の上限規制が適用されることにはなりましたが、一般労働者と同じ水準ではなく、一定程度の緩和された規制が適用されます。
まず、一般労働者における時間外労働の上限規制の内容は、以下の通りであり、①原則的規制と②例外的規制に分けられています。
【一般労働者の上限規制】
①原則的規制
・時間外労働は月45時間以内かつ年360時間以内 ②例外的規制(特別条項発動時) ⅰ 時間外労働及び休日労働の合計時間数は、単月100時間未満かつ複数月平均80時間以内 ⅱ 時間外労働は年720時間以内 ⅲ 月45時間を超える時間外労働は年6ヶ月以内 |
医師に関しても、一般労働者と同様に①原則的規制は適用されるのですが、例外的規制(特別条項発動時)に関しては②㋐時間外労働及び休日労働時間数の上限は年960時間以内、㋑時間外労働及び休日労働時間数は単月で100時間未満(例外あり)との上限が設定されています(労働基準法施行規則の一部を改正する省令〔令和4年厚生労働省令第5号〕69条の4)。こちらは、いわゆるA水準と呼ばれるものでして、一般労働者の例外的規制と比較をすると、複数月平均での規制がないこと(上記ⅰ)、時間外労働かつ休日労働の合計時間での規制がなされていること(上記ⅱ)、原則的規制を超える月数の制限がないこと(上記ⅲ)が違いであり、一定の緩和がなされているといえます。
医師に対する時間外労働の上限規制には、上記のA水準のほか、地域の医療提供体制の確保のために暫定的に認められる水準(連携B水準、B水準) 及び集中的に技能を向上させるために必要な水準(C水準)があり、これらでは②㋐の時間外労働及び休日労働時間数の年の上限は1860時間とされています。都道府県知事から指定を受けることが条件なのですが、A水準よりも規制が緩和されています(以下の厚労省作成の表をご参照ください。)。
※厚労省「医師の働き方改革2024年4月までの手続きガイド」より抜粋
(https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001128589.pdf)
3 実務的な対応の視点
(1) 労働時間削減の取組
上記2を踏まえた医師の時間外労働の上限規制への対応ですが、まずは勤務実態の把握・分析を行い、その結果を踏まえた対応の決定・実施をしていくことが必要です。こちらに関しては、厚労省作成の「医師労働時間短縮計画作成ガイドライン」が参考になります。医師労働時間短縮計画とは、特例基準(連携B水準、B水準、C水準)に関する都道府県知事からの指定を受けるために必要な計画なのですが、このガイドラインでは、医師の労働時間を短縮していくための取り組みとして、以下のものが挙げられています。
【労働時間短縮に向けた取組】
〇タスクシフト/シェア
1)看護師 ・特定行為(38 行為 21 区分)の実施 〇医師の業務の見直し ・ 外来業務の見直し 〇勤務環境改善 ・ICTその他の設備投資 |
(※ 厚労省作成の「医師労働時間短縮計画作成ガイドライン」より抜粋)
上記取組のうち、「特定行為」とは、研修を受けた看護師が行うことができる診療の補助行為であり、「実践的な理解力、思考力及び判断力並びに高度かつ専門的な知識及び技能が特に必要とされるもの」(例:一時的ペースメーカの操作及び管理など)をいいます(保健師助産師看護師法37条の2)。看護師の対応範囲を広げることで、医師の労働時間の削減につながるものであり、これまで以上に看護師の果たす役割が大きくなり得るものです。
医師の労働時間を短縮していくための取り組みは複数考え得るところですが、どのような取り組みがより実効的なものであるかは、各医療機関の実情によります。そのため、そもそもの前提として勤務実態の把握・分析を行うことが必要あり、その結果に基づき実情に応じた取り組みを行うことが必要です。
(2) 医師の健康に配慮した労働時間の捉え方
冒頭にも記載しましたが、医師に関しては、仮眠時間・待機時間や自己研鑽時間をどのように評価するのか(労働時間該当性の評価)が難しく、過去の裁判例でも争点になりやすいポイントです。
この労働時間該当性が問題になる場面というのは、大きく分けると、㋐医師の残業代請求がなされた場合と㋑医師の長時間労働等を原因とする健康被害(過労死、過労自殺)につき安全配慮義務違反の損害賠償請求がなされた場合の2つがあります。いずれの場合でも、労働時間該当性の判断枠組みは同じであるものの(使用者の指揮命令下の時間といえるか否か)、私見ではございますが、㋑の方が労働時間該当性を緩やかに認定される傾向があるように思われます。この点は別にしても、使用者が法律上負っている安全配慮義務(労働契約法5条)は、労働者の私傷病(業務外の原因に基づく傷病)に関しても生じますので、長時間労働等が原因ではない場合であったとしても、事案に応じた必要な配慮(休職をさせる、残業対象から外すなど)を行うことが必要です。
医師に健康被害が生じた場合には取り返しのつかないものになり得るため、医療機関としては、時間外労働の上限規制や残業代との関係だけで法的なルールをクリアすればよいということではなく、医師の健康を守るという観点からより積極的な取り組みをしていく必要があることを再認識いただく必要があるものと存じます。
松田綜合法律事務所では、人事・労務管理を多数取り扱う弁護士が在籍しており、医師の働き方改革を含め、医療機関の労務管理に関する対応及びアドバイスを行っておりますので、ご興味がありましたら遠慮なくお問い合わせいただけますと幸いです。
以上