Legal Note

リーガルノート

2023.09.29

2023-9-1 種苗法 育成者権侵害紛争の留意点①(育成者権者編) ~新品種の育成者権が侵害された場合、育成者権者はどう対応すべきか~

M&P Legal Note 2023 No.9-1

種苗法 育成者権侵害紛争の留意点①(育成者権者編)
~新品種の育成者権が侵害された場合、育成者権者はどう対応すべきか~

2023年10月2日
松田綜合法律事務所
農業関連法務チーム 弁護士 菅原 清暁
弁護士 吉田 夏子

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1.はじめに

日本が誇る品種の海外流出が確認され度々問題となっていますが、弊事務所においても、自社の新品種が不正に流通しているとして、その対応につきご相談頂くことが多くなりました。

他社による新品種の流用を許せば、長い時間をかけて新品種を育成した者が多大な損失を被ることになるわけですが、日本法上は、種苗法により品種登録制度を定められており、登録を受けた品種を育成した者(育成者権者)に対して育成者権という権利を付与することで、育成者権者の利益保護を図っています。具体的には、侵害品生産・流通を発見した場合、育成者権者は、種苗法上の育成者権に基づき、不正流通を阻止し、被害の救済を図るための措置を講じることができます。

しかし、残念ながら育成者権侵害紛争の踏まえた適切な初動対応をしなかったばかりに、紛争が長期化したり、十分な被害回復が図られないケースも少なくありません。

そこで、本稿では、育成者権者が初動対応を誤ることがないように、注意喚起を兼ねて、新品種の育成者権が侵害されたことを発見した場合に講じるべき正しい手順や権利行使の方法について解説いたします。

2.育成者権侵害紛争とは

新たに植物新品種を開発した者は、種苗法に基づく品種登録をすると、育成者権という権利が付与されます。育成者権とは、登録を受けた品種を栽培するなど、権利侵害があった場合に、栽培の差し止めや損害賠償請求を行うことができる権利のことです。権利侵害を発見した権利者は、以下の流れに沿って、侵害者への対応を検討します。

 

3. 侵害行為の確認・証拠化

 (1)侵害行為の確認・証拠化

まず、自社の登録品種が栽培されていることを発見した権利者は、侵害者にアクションを起こす前に、侵害品と疑われている品種が本当に登録品種をコピーしたものなのかを確認し、確認した結果を証拠として保存しておく必要があります。

育成者権の及ぶ範囲は、「登録品種及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種」であると定められています(種苗法第20条第1項)。そのため、権利者は、侵害品と疑われる品種が「登録品種と特性により区別されない品種」であるかを、確認する必要があります。侵害の有無の確認方法としては、具体的に主に以下の3つの方法があります。

  • 特性の比較:植物体同志を比較し、特性を調査
  • DNA分析:DNA鑑定による分析
  • 比較栽培:品種登録時の栽培試験と同一条件下で栽培し、特性を調査する

これらの比較・分析を行うためには、侵害品と疑われる品種を採取、保管する必要があります。この採取・保管手続きを誤ると、後に行われる裁判で、取得過程の合理性が否定され、侵害事実の立証が不十分であるとして敗訴してしまう可能性があります。このため、必ず、次の(2)で説明する品種保護Gメンを活用したり、自社でない第三者機関に作業を委託するなどして、後日、裁判で取得過程の合理性が否定されないように侵害品の採取・保管手続を慎重に行う必要があります。

(2)品種保護Gメンの活用

品種保護Gメンは農研機構種苗管理センターに設置された制度で、全国7か所に設置されております。そして、以下のような支援を行っています。

  • 品種類似性試験の実施
  • 侵害状況の記録
  • 証拠品(侵害品の種苗等)の保管  等

そのため、権利者は、品種保護Gメンを活用することで、現場に同行してもらい、記録書の作成をお願いすることができます。また、これらの作業には専門的な知識が必要となるところ、品種保護Gメンの活用により、専門的な知見から手助けを受けることができます。更に、品種保護Gメンから得た資料は、民事訴訟で、証拠として提出することが可能です。

以上のことから権利者は、上記の侵害行為の確認・証拠化にあたり、品種保護Gメンを積極的に利用すると有用です。

(3)判定制度の新設

侵害の有無の確認にあたり、新たに新設された判定制度も活用することができます。

令和2年種苗法改正(令和4年4月1日施行)により、判定制度が新設されました。これまで侵害の立証において、比較栽培が必要となることが多く、このことが育成権者にとって大きな負担となっていました。

そこで、種苗法が改正され、登録品種の特性表と対象品種の特性の比較により明確に区別されない品種は、登録品種と明確に区別されない品種(=すなわち、権利侵害がある)と推定されることとなりました(種苗法第35条の2)。また、権利者を含む利害関係者が、農林水産大臣に、登録品種の特性表と対象品種の特性の比較による判定を求めることができるようになりました(種苗法第35条の3)。そのため、権利者が農林水産省に判定を求め、農林水産省が登録品種と明確に区別されないという判定をすると、権利侵害があることが推定されます。そのため、民事訴訟に備えて、権利者は、判定制度を利用し、侵害の有無を確認することが考えられます。

4. 警告

上記の過程を経て、侵害品種であることが確認できた場合、権利者は、相手方と交渉をするか、訴訟を提起することとなります。なお、知的財産紛争では、交渉にあたり、はじめに権利侵害があることを通知する警告書を送付することが一般的です。

警告書を送付することで、侵害者が権利侵害をしていることに気づかせ、侵害品の使用を中止させることができる場合があります。

また、侵害者が警告した後も侵害品を販売していた場合、侵害者に過失があることを基礎づける事情になる可能性もあります。種苗法第35条は、「他人の育成者権を侵害した者は、その侵害の行為について過失があったものと推定する」と定め、育成者権侵害があることを立証されると、侵害者に過失があることが認められます。これについて、裁判例の中には、通知(警告)後のみ侵害者の過失を認めたものがあり(知財高裁平成31年3月6日判決)、警告書の送付が侵害者の過失を補充する事情になる可能性があります(なお、過失の有無は個別事情によって異なり、必ずしも警告書の受領が過失の有無の判断となるものではありません。)。

なお、侵害者が警告に応答した場合には、和解交渉を進めることとなります。

5. 差止請求の仮処分

侵害者が上記警告に反応せず、侵害品の販売を継続しているときには、権利者は差止請求の仮処分をすることが考えられます。

仮処分をはじめとした民事保全手続は、民事訴訟で権利関係の確定ができるものの、訴訟によると時間がかかり、損害が拡大するなど何らかの危険が生じるときに、裁判所に暫定的な保全措置を求める手続のことを言います。仮処分が認められると、早急に侵害品の栽培・販売等を中止させることができます。また、裁判所という第三者機関が介入することで、和解交渉が加速することもあります。

6. 民事訴訟

侵害品の流通により、権利者はその分の営業機会を失い、業績に大きな悪影響を与えます。この機会損失は、被告に損害賠償請求をすることで回復できます。

育成者権侵害の民事訴訟では、他の知財訴訟と同様に、侵害論(権利侵害があるか否か)に関する審理と損害論(損害はいくらなのか)に関する審理を分けて行っています。

(1)侵害論

権利者は、交渉前に侵害行為の確認・証拠化を行いましたが、この時に収集した資料を基に、権利侵害があることの立証を行います。

権利侵害の有無について、知財高裁平成27年6月24日判決は、「育成者権の効力が及ぶ品種であるか否かを判定するためには、最終的には植物自体を比較して、侵害が疑われる品種が、登録品種とその特性により明確に区別されないものであるかどうかを検討する(現物主義)必要がある」と判断されており、育成者権の範囲は、特性表による比較ではなく、植物体の現物同士を比較して決定するべき、と判旨しました。実際にどのように非明確区別性を判断するかについては、しばしば問題となりますが、比較栽培試験の結果を考慮して、侵害の有無が判断された裁判も多くあります。そのため、権利者は、比較栽培試験を委託する機関を予め準備しておく必要があります。

なお、判定制度があるとはいえ、比較栽培の結果によって判定制度の結果が覆される可能性もあるため、権利者は、比較栽培が行われるときに備えておく必要があるでしょう。

また、侵害論の審理にあたっては、侵害品種の取得過程や鑑定機関の選定手続の合理性も問題となりますので、交渉前に行った侵害行為の確認・証拠化の作業内容が裁判の結果に影響を与えることになります。そのため、3(1)で記載したとおり、侵害品種の取得過程で、育成者権者は、品種保護Gメンを活用したり、作業を第三者機関への委託しておくことは必須と考えられます。

(2)損害論

損害論の審議にあたり、育成者権者は、損害の金額を立証する必要があります。このとき、種苗法第34条を根拠に、立証活動を行うことが一般的です。種苗法第34条は、以下3つの利益を損害額とすることができる、または、損害の額と推定すると定めます。

 

  • 被告が侵害品を市場に流通させた数量×原告の単位利益(34条1項)
    (すなわち、原告側の利益)
  • 被告が侵害品を市場に流通させたことで得た利益(同条2項)
    (すなわち、被告側の利益)
  • ロイヤリティ相当額(同条3項)

 

理論上は1項から3項になるにつれて損害額が減額すると考えられていますが、1項損害の立証にあたっては、原告の決算資料の開示が必要不可欠となります。

知的財産訴訟の審議について、東京地裁知的財産権部は、以下のとおり、案内しています( https://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/minzi_section29_40_46_47/sonngaibaisyou_sinnri/index.html )。

原告(育成者権者)は,侵害論の審理中においても,損害論の審理に入った場合に迅速かつ適切に対応することができるように,あらかじめ資料を収集するなどの準備をしておいてください。損害論の審理に入った後は,それまでの審理で明らかになった事項に基づいて直ちに損害等の主張を補充するとともに,自己の主張の裏付けとなる資料を提出してください。

つまり、損害論の審理に入ると、原告は、裁判所から損害額算定の裏付けとなる資料の任意提出を求められます。そのため、原告は、自社の情報を守り、より大きな額の損害を請求するのか、自社の情報を開示しないで少額の損害賠償請求に留めるか、判断をする必要があります。

7.最後に

育成者権侵害紛争について、育成者権者が取るべき対応をご説明しました。令和2年に種苗法が改正され、農産物の知的財産権を守ろうとする世論が強くなっています。しかしながら、育成者権侵害紛争では権利者に求められる作業が多く、専門的な知識も要求されます。今後も、国内の農産物市場が発展し、更に海外市場の競争力を持つために、権利者が十分な権利行使をするための制度活用が望まれます。

以上

 

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