M&P Legal Note 2023 No.5-1
企業の農地取得にかかわる法改正
2023年6月13日
松田綜合法律事務所
農業法務関連チーム 弁護士 菅原 清暁
*本ニュースレターは2023年5月31日現在の情報に基づいております。
1.はじめに
令和5年4月28日「国家戦略特別区域法及び構造改革特別区域法の一部を改正する法律」が成立(令和5年9月1日施行)し、国家戦略特別区域法及び構造改革特別区域法がそれぞれ改正されることとなりました。これにより、国家戦略特別区域法に規定されている法人農地取得事業が構造改革特区域法に基づく事業に移行されることとなり、国家戦略特別地域である兵庫県養父市に限り認められていた農地取得時の特例が、構造改革特別地域により他の地方自治体においても利用できることとなりました。
そこで、本項ではまず、農地法上の規制を説明したうえで、法改正法で認められた特例について概説いたします。
2.農地法上の農地取得に対する規制
農地を売り買いするときには、原則として、農業委員会の許可(農地法3条1項)が必要となります。仮に、農業委員会の許可を得ないで農地の所有権移転を行った場合、その取引は効力を生じないものとされています。
そして、法人が農地取得に関し農業委員会の許可を得るためには、その法人が次の①~③の農地所有適格法人の要件を満たしている必要があります(農地法3条2項2号)。
しかし、この要件には、その法人の株主の過半数が農業関係者でなければならない等、厳しい要件が含まれているため、多くの企業は、容易にこの要件を満たすことができません。
① 事業要件(農地法2条3項1号)
その法人の主たる事業が農業(農業関連事業を含む。)であること。
② 議決権要件(農地法2条3項2号)
株式会社や持分会社(合名会社、合資会社、合同会社)においては、総議決権または総社員の過半数を農業関係者(同号イ~チ)が占めていること。
③ 役員要件(農地法2条3項3号・4号)
その法人の役員の過半数が法人の農業(関連事業を含む。)に常時従事(原則年間150日以上)する構成員であること。
3.改正特別区域法に基づき認められた農地法の特例
(1) 特例の概要
前記の通り、企業が農地を取得する場合、農地所有適格法人の厳しい要件を満たす必要があります。しかし、本改正により、民間事業者等からの提案や地方公共団体自らの特別区域計画を踏まえて、地方公共団体が内閣総理大臣に構造改革特別区域計画の認定を申請し、その認定を受けた場合には、農地法の特例(構造改革特別区域法第24条)として、農地所有適格法人の要件を満たさずとも、特定の法人が農地を取得することができるようになりました。手続や要件の概要は次のとおりです。
ア 地方公共団体による申請
まず、前記農地法の特例の提供を受けるためには、地方公共団体等が、次のすべての要件を満たしたうえで、構造改革特別区域計画を作成し、内閣総理大臣に計画の認定を申請します。
① 地方公共団体が、その区域内において、農地等の効率的な利用を図るうえで、農業の担い手が著しく不足していること
② 従前の措置のみによっては耕作の目的に供されていない農地等の面積が著しく増加するおそれがあること
③ その設定する構造改革特別区域内において、農地などの効率的な利用を通じた地域の活性化を図るために、農地法第2条第3項に規定する農地所有適格法人以外の法人が農地等の所有権を取得して農業経営を行うことが必要であると認められること
イ 農業委員会による許可
(a) 地方公共団体が農地を取得する際の許可
農地法の特例(構造改革特別区域法24条)は、地方公共団体から農地を取得す場合に限定されます。このため、構造改革特別区域計画の認定日後、まず、当該認定を受けた地方公共団体が、構造改革特別区域内にある農地等について所有権を取得することになります。
この点、構造改革特別区域計画に定めるところにより、地方公共団体が特定の法人に所有権を移転するために所有権を取得する場合又は下記(b)①の契約に基づき所有権を取得する場合には、農地法第3条1項本文の規定は適用されないとされています(構造改革特別区域法24条2項)。したがって、地方公共団体が農地を取得する際、農業委員会による許可を受ける必要ありません。
(b) 企業が農地を取得する際の許可
構造改革特別区域計画が認定された場合であっても、企業が農地の所有権を取得する際には、農業委員会による農地法3条の許可が必要になります。
もっとも、構造改革特別区域法24条において、構造改革特別区域計画の認定日以後、農業委員会(農業委員会を置かない市町村については市町村長)は、次の各号に掲げる要件を全て満たしている企業等(以下「特定法人」といいます。)が当該構造改革特別区域内にある農地等について当該地方公共団体から所有権を取得しようとする場合には、農地所有適格法人の要件(農地法3条2項2号及び4号にかかる部分に限る。)を満たしていない場合でも、第3条許可をすることができるとされています。
このため、今回の改正により、一定の要件を満たせば、農地所有適格法人の要件を満たさずとも、企業が農地を取得することができるようになりました。
① 当該法人が、その農地などの所有権の取得後において、農地が適切に利用されていないとして農業委員会から通知(法24条4項)が行われた場合その他その農地等を適正に利用していないと当該地方公共団体が認めた場合には、当該地方公共団体に対して当該農地などの所有権を移転する旨の書面による契約を当該地方公共団体と締結していること
② 当該法人が地域の農業におけるほかの農業者との適切な役割分担の下に継続的かつ安定的に農業経営を行うと見込まれること
③ 当該法人の業務執行役員等(農地法3条3項3号に規定する業務執行役員と同じ)のうち、一人以上の者が当該法人の行う耕作又は養畜の事業に常時従事すると認められること
なお、農業委員会が許可をする際には、農地を取得した特定法人が、農林水産省令で定めるところにより、毎年、その農地等の利用の状況について、農業委員会に報告しなければならない旨の条件が付されることになります(構造改革特別区域法24条3項)。
ウ 企業の農地取得後、適切に農地が利用されていなかった場合
農地法の特例を受けて農地を取得した特定法人が、農地取得後、適切に農地を利用していなかった場合には、次のような措置が採られます。
(a) 農業委員会による通知
次のいずれかに該当する場合、農業委員会が地方公共団体に対して、その旨を通知することとなっています。
① 特定法人が、その農地などを適正に利用していないと認める場合
② 当該特定法人がその農地等において行う耕作又は養畜の事業により、周辺の地域における農地等の農業上の効率的かつ総合的な利用の確保に支障が生じている場合
③ 特定法人が地域の農業における他の農業者との適切な役割分担の下に継続的かつ安定的に農業経営を行っていないと認める場合
④ 特定法人の業務執行役員等のいずれもが当該特定法人の行う耕作又は養畜の事業に常時従事していないと認める場合
(b) 地方公共団体への農地返還
前記3(イ)(b)①記載のとおり、特定法人が農地を取得する際、地方公共団体と特定法人との間で、農地を適正に利用していないと当該地方公共団体が認めた場合には当該地方公共団体に対して当該農地等の所有権を移転する、との契約が締結されています。
このため、特定法人が農地を適切に利用していない場合、特定法人は地方公共団体に農地を返還しなければならなくなる可能性があります。
4.最後に
構造改革特別区域法に基づく農地法の特例を受けるための手続及び各要件の概要は、以上のとおりです。今回の改正により、法人農地取得事業は、内閣主導の枠組みの中で、国が定めた特定の地域(国家戦略特別地域)において集中的に規制緩和が推進される制度から、地方自治体や民間事業者からの提案を踏まえて、地方公共団体の申請に基づき規制緩和が進められる制度に移行され、従来に比して、企業による農地取得の幅が広がりました。このため、これを機に、地方公共団体や民間事業者から多くの構造改革特別区域計画の作成が提案なされ、一層農地等が効率的に利用されることにより、地域の活性化が図られることが期待されます。
このリーガルノートに関連する法務
お問い合わせ
この記事に関するお問い合わせ、ご照会は以下の連絡先までご連絡ください。
松田綜合法律事務所
農業法務関連チーム 弁護士 菅原 清暁
info@jmatsuda-law.com
この記事に記載されている情報は、依頼者及び関係当事者のための一般的な情報として作成されたものであり、教養及び参考情報の提供のみを目的とします。いかなる場合も当該情報について法律アドバイスとして依拠し又はそのように解釈されないよう、また、個別な事実関係に基づく日本法または現地法弁護士の具体的な法律アドバイスなしに行為されないようご留意下さい。