M&P Legal Note 2023 No.3-2
中国における職場セクシャルハラスメント規制の動向
2023年4月13日
松田綜合法律事務所
中国弁護士 徐 瑞静
1 はじめに
近年、セクハラ、すなわち、セクシャルハラスメントはよく報道される話題となっていますが、中国においても例外ではありません。2021年施行の「民法典」には、セクハラに関する特別項目が設けられ、また、それ以前にも、女性に対するセクハラについては、「中国女性権益保障法」に規定されていましたが、本年、より精緻化された改正法が施行されるなど、セクハラ規制のための法制度の整備が急速に進展しています。
その一環として、特に、職場におけるセクハラについては、去る3月8日、人力資源社会保障部、国家衛生委員会、最高人民検察院、全国総工会、中国企業連合会・中国企業家協会、全国工商連合会が共同で、「職場の女性従業員の特別労働保護制度(参考手引書)」及び「職場におけるセクシャルハラスメント防止の制度(参考手引書)」を作成しました。これにより、企業(使用者)が地方性法規(条例に相当)に従い女性従業員と労働契約や労働協約を締結する際、職場におけるセクハラ問題の保護・解消のため、上記の制度等を参照して、企業規則を改善することが提案されています。
以下において、リスク予防とガバナンスの観点から、企業がその管理権を合理的に行使することを奨励・指導し、職場のセクハラを予防・管理するための中国におけるセクハラ関連法規につき、企業におけるコンプライアンスとして整理することとします。
2 職場におけるセクハラの認定
(1)対象
前記女性権益保障法は、職場におけるセクハラの場合、それに直面する女性の苦境がより顕著であるという認識から、企業(使用者)による職場での女性へのセクハラを防止・抑制に関して定めています。それに対し、民法典第1010条第1項においては、「他人の意思に反して、言語、文字、画像、身体行為等の方法により、他人にセクシャルハラスメントをした場合には、被害者は、法により行為者に対し民事責任を負うよう請求する権利を有する。」と規定されており、セクハラの対象は「他人」と規定されており、職場でセクハラを受けた場合、男女ともに法律で保護されることになります。
(2)セクハラに該当する行為
ある行為がセクハラに該当するか否かを判断するための判断基準については、その行為が「他人の意思に反して」いるか否かであることが、上記民法典第1010条第1項から知られます。問題となる行為の際に、他人が明示的に反対または拒否した場合、または、他人の同意なく行為が行われ、その後、他人が反対を表明した場合、その行為は他人の意思に反すると見做されます。なお、その行為の形態として、言葉、文字、画像、身体的な行動が列挙されていますが、これらに限定されるものではありません。
(3)職場及び勤務時間の判断
社会・経済の発展に伴い、職場の同僚が接触する機会は、勤務時間外の会食やグループ活動の場合もあります。したがって、職場におけるセクハラの問題は、職場内や勤務時間内におけるものに限定されません。昨今、社会生活におけるテレワークの割合が増加しており、それに従い、セクハラの問題は、空間や時間の点における従前の範囲を超越しているということができます。今や、サイバースペースにおける職場セクハラにも注意を払うことが求められています。
3 企業の責任と対策
(1)職場におけるセクハラに関する企業の責任
民法典1010条2項は、「機関、企業、学校等の単位(施設)は、合理的な予防、苦情の受付、調査処分等の措置を講じ、職権、従属関係等を利用するセクシャルハラスメントが行われることを防止し、かつ、制止しなければならない。」と規定して、企業にはセクハラを防止・制止する法的義務があることを明記しています。それにより、企業(使用者)がこれを怠った場合には、職場でセクハラを受けた労働者が、企業(使用者)の責任を追及する権利について、一般的に規定されています。それに対して、改正された女性権益保障法第25条及び第80条は、使用者が執るべきセクハラ防止・制止のための具体的な数々の行動が列挙しており、民法典の規定よりも一層の深化が図られていることが窺われます。
これらの義務を果たさない企業は、私法上と公法上の両方の責任に直面する可能性があります。私法の面では、民法上の安全保障義務に基づいて企業(使用者)の民事責任が問われることとなります。また、公法の面では、企業及びその直接の管理者は、必要な措置を講じなかったとして、上級機関または所轄部署から懲戒処分を受ける可能性があります。
(2)企業のセクハラ防止対策
企業は、職場におけるセクハラ防止のため、従業員に対して安全で健康的な職場環境を提供することが求められる一方、セクハラに起因する違法な雇用契約の解除等の紛争に留意し、企業の経営権の適法かつ合理的な行使にも留意しなければなりません。北京、上海、深圳で制定された地方性法規のいずれにも、使用者がセクハラを防止・制止するために必要な措置を講じることを求める規定があり、企業は、それを踏まえた上で、上記参考手引書を参照して社内規則に組み込めるようになっています。因みに、就業規則におけるセクハラの定義については、元来セクハラの定義が曖昧であり、また、セクハラ行為の隠蔽性や多様性から、一般的な表現をもってなされること、また、企業のセクハラ防止・管理義務は、セクハラを行った者を一律に解雇できることを意味するものではなく、セクハラの深刻さに応じて分類し、異なるレベルの懲戒を課すことが推奨されています。なお、使用者は就業規則の策定後、速やかに労働者に公表ないし通知する必要があります(「労働争議事件の審理における法律適用問題に関する最高人民法院の解釈(一)」(法釈〔2020〕第26号)第50条)。
4 おわりに
セクハラ防止は人権保護とも密接に関連する事項であり、法治国家の確立に邁進する中国にとって、その法制化とその施行の環境整備は喫緊の課題であるということができます。多様な局面におけるセクハラの中でも、とりわけ、職場におけるセクハラへの適切な対処は、その被害者の正当な権利と利益を守るだけでなく、企業にとっても、対外的には、そのイメージを高め、消費者の信頼と顧客の好意を得るための重要な要素となります。また、企業内部においても、職場におけるセクハラの防止は、労働者の求心力を高めることになり、引いては、企業・国家の競争力の強化をもたらすこととなります。上記参考手引書の発布は、中国において、職場におけるセクハラ防止がビジネス環境の最適化のための重要な課題であるとの認識が、着実に深化していることの証と言えるでしょう。
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