Legal Note

リーガルノート

2022.04.12

2022-3-2 中国における新たなカーボンニュートラル政策

M&P Legal Note 2022 No.3-2

中国における新たなカーボンニュートラル政策

2022年4月12日
松田綜合法律事務所
中国弁護士 徐瑞静

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1 はじめに

近時、「持続可能性」に関する問題への関心に伴い、環境・社会・ガバナンス(Environment、Social、Governance、以下、「ESG」とします。)における課題の影響力が強まったことにより、投資家は、投資した会社のESGに注目するようになっています。ESG国際基準のもとにおいて、温室効果ガス排出は開示を必要する重要な指標の一つであり、カーボンフットプリント(商品やサービスの原材料の調達から生産・流通を経て、最後に廃棄・リサイクルに至るまでの全体を通して排出される温室効果ガスの排出量を二酸化炭素に換算したもの)が、温室効果ガス排出の重要な計算ツールであり、その結果は企業に対するESG評価を左右することになります。

2022年北京冬季オリンピックにおいては、新型コロナの予防対策として観客の規模が制限されましたが、ESGの観点からは、既存の競技場の利用、再生可能エネルギーの利用、グリーン装備の購入等、二酸化炭素排出削減措置を通じて、カーボンニュートラルの効果を上げたと見られます。世界におけるカーボンニュートラル理念の発展と拡張は、当初、専ら企業行為から始まり、そして、世界規模での異なる業界への波及というように、排出削減のために総動員する状況を導いています。同時に、カーボンニュートラルの形態においても、政府の強力な指導・監督のもとに推進されるようになってきました。現在、欧米においては、企業は、カーボンニュートラル会社となるため、排出量取引により、必要な二酸化炭素排出枠を購入することをもって獲得するか、または、環境保護企業に投資して二酸化炭素の排出を相殺しています。近時、中国においても、カーボンニュートラルのための政策が積極的に推進されており、以下、その趨勢について具体的に紹介します。

2 カーボンニュートラルに関する中国案

2020年、中国は、2030年までにカーボンピークアウトに達し、2060年までにカーボンニュートラルを実現することを表明して以後、カーボンニュートラル政策を体系化してきました。主なカーボンニュートラルに関する国家政策は、以下の通りです。

まず、2021年3月、全国人民代表大会が、それとしては初めて、カーボンピークアウト及びカーボンニュートラルの目標を中国経済及び社会発展の5カ年計画に書き込み、二酸化炭素排出削減は中国の「第14次5カ年計画」汚染防止略戦の主な目標となっています。具体的な数値としては、生産エネルギーの国内総消費量及び二酸化炭素排出量につき、それぞれ13.5%、18%削減するという2030年までのカーボンピークアウト政策を制定しました。また、2035年には、グリーン生産の生活様式を普及し、カーボンがピークに達した後、安定的に低下させて行きます。

2021年10月24日、中国共産党中央委員会及び国務院は「新発展理念を完全・正確・全面的に貫徹し、炭素排出ピークアウト及びカーボンニュートラルを実現させることに関する意見」(以下、「意見」とします。)を発表し、中央政府レベルでカーボンピークアウト及びカーボンニュートラルについて計画し、全体的な配置を整えました。グリーン低炭素循環発展経済システムの構築、エネルギー利用効率の向上、非化石エネルギー消費比重の向上、二酸化炭素排出レベルの低減、生態系炭素吸収能力の向上等、5つの主要な方面の目標を制定、提案しました。上記意见公布の2日後、国務院は、「2030 年までの炭素排出ピークアウト行動プランに関する通知」を公布し、「第14次5カ年計画」(2021年~2025年)及び「第15次5カ年計画」(2026年~2030年)におけるカーボンピークアウトに焦点を当て、非化石エネルギーの消费比重の向上、エネルギーの利用効率の向上、二酸化炭素の排出レベルの低下等の主要な目標を表明しており、カーボンピークアウトを経済社会の発展の全過程と各方面において貫き、カーボンピークアウトの十大行動、すなわち、エネルギー消費のグリーン化・低炭素化、省エネ・炭素排出軽減、工業分野のピークアウト、都市及び農村建設のピークアウト、交通・運輸のグリーン化・低炭素化、低炭素社会に資する循環型経済、科学技術革新、炭素吸収能力向上、全国民参加、全国各地域のピークアウトを重点的に実施することを提案しました。

そして、国務院新聞弁公室も、同月27日、「中国の気候変動対応政策行動」を発表し、中国が気候変動に積極的に対応する国家戦略を実施し、気候変動に対応する力を絶えず高め、自主貢献目標を強化し、カーボンピークアウト・カーボンニュートラルの「1+N」政策体系の構築を加速させることを強調しました。「1」とは、1つの指導意見を指し、「N」とは、複数の関連案を意味しており、上記10月24日の「意見」が「1」にあたるものとして、今後における取組みを指導する基本方針と位置付けられています。各地の地方政府も中央政府が定めた目標に向かって行動を開始しています。

3 中国の炭素排出権取引市場

2021 年 7 月 16 日、新たに全国炭素排出権取引市場(以下、「全国ETS市場」とします。)が開設され、全国炭素排出権取引システムが、上海にある全国統一炭素排出権取引所と武漢にある全国炭素排出権登録取引所の二つの地域センターにおいて稼働しています。取引に参入する主体は、現在のところ、2162社の発電業界の重点排出企業に限られ、電力業界のみをカバーしています。また、全国炭素市場における取引は炭素排出割当枠に限られており、先物、交換等に関する市場は検討中です。今後、発電業界の炭素市場の健全な運営を基盤として、全国炭素市場の範囲は、第14次5カ年計画期間中に、石化、化学工業、建材、鉄鋼、製紙、民航等、より多くの高排出業界を徐々にカバーする見込みです。それにつれて、以前の北京、上海、深圳、天津、広東、湖北、重慶、福建の8つの地方炭素取引所は徐々に廃止されることになります。外国投資家は、中国における外商投資企業の設立により、地方炭素市場における取引に参加できますが、取引所ごとに具体的な参加条件が異なっており、一部の地方炭素市場においては、海外企業の取引対象について制限が設けられています。

因みに、取引種類は、政府によって企業に割り当てられたカーボン排出枠(Carbon Emission Allowance、以下、「CEA」とします。)、及び、中国認証排出削減量(China Certified Emission Reductions、以下、「CCER」とします。)の2種類があります。CEA取引については、発電業界における重点排出企業間においてのみ現物取引が行われます。一部の企業や業界の許可排出枠には上限があり、需要の低い企業が余った枠を売却することができる一方、排出限度額を超えた企業は差額を補うために枠を追加購入しなければなりません。他方、CCERとは、プロジェクトに基づく排出削減量に応じ、政府が自主的に参加する事業者に対して発行する炭素クレジットのことです。重点排出企業は、毎年、CCERを使用して炭素排出割当枠を相殺により清算することができます。

4 おわりに

世界の工場と呼ばれて久しい中国において、欧米諸国並みにカーボンニュートラルに同調し、それを実践することが非常に困難であることは明らかです。しかし、グローバル化が共通の認識として普及されている中にあって、中国のみが環境破壊の特権を与えられて良いはずがありません。カーボンニュートラルに関する中国の国家政策の表明は、中国における量から質の追及という国家ないし社会の体質の変化を如実に反映しており、そこには、かつて、高度成長時代における公害等の弊害を克服して先進国家を達成した日本に似た姿が投影されているようにも思われます。中国における真の先進性が試されるのは、いよいよ、これからです。