M&P Legal Note 2021 No.8-1
福祉分野に関わる事業者が講ずべき「合理的な配慮」
~障害者差別解消法福祉事業者向けガイドラインについて~
2021年7月29日
松田綜合法律事務所
弁護士 田中 裕可
1.はじめに
平成28年4月1日より障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下「障害者差別解消法」といいます。)が施行されています。
障害者差別解消法では、行政機関及び事業者における障害を理由とする差別を解消するための措置等が定められ、社会的障壁の除去の実施についての「合理的な配慮」などを通じ、障害の有無によって分け隔てのない共生社会を実現することを目的としています。
障害者差別解消法上、事業者における「合理的な配慮」の提供は、これまで努力義務とされていましたが、本年5月28日に改正され、義務化されることになりました。なお、当該改正法の施行日は、本年6月4日から起算して3年を超えない範囲内において定められます。
近年、報道等で公共交通機関における「合理的な配慮」のあり方が取りざたされることがありますが、このような措置が求められる事業者は、公共交通機関に限られません。
本稿では、障害者差別解消法に定める「合理的な配慮」とはどのようなものか、特に、福祉分野に関わる事業者に対してどのような措置が求められるのか、その概要をご説明いたします。
2.障害者差別解消法について
(1)事業者の範囲
障害者差別解消法に定める措置の対象となる事業者は、「商業その他の事業を行う者」(障害者差別解消法第2条7号)であり、個人事業者を含め民間事業者全般に適用されます。
(2)事業者における障害を理由とする差別解消措置
事業者においては、以下の措置を講じることが求められます(障害者差別解消法第8条)。
①不当な差別的取扱いの禁止
正当な理由なく、障害を理由として、障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることが禁じられています。
不当な差別的取扱いに該当する例:
・サービスの提供を拒否すること
・サービスの提供にあたって場所や時間帯などを制限すること
・サービスの提供にあたって障害者でない者には付けない条件を付加すること
②障害者に対する合理的な配慮の提供
障害者から意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、必要かつ合理的な配慮をすることが求められています。
合理的な配慮の提供に該当する例:
・サービスの提供にあたって障害特性に応じて座席を用意すること
・意思疎通のために障害特性に応じて絵、写真やタブレット端末などを利用すること
(3)規制及び罰則
事業者が繰り返し不当な差別的取扱いを行い、障害者の権利利益が侵害されているような場合など、上記措置に関し、その事業を所管する大臣が特に必要があると認めるときは、報告徴収又は助言、指導若しくは勧告の対象となります(障害者差別解消法第12条)。
上記措置に関する違反について直接的な罰則は定められていませんが、当該報告をせず、又は虚偽の報告をした場合は、20万円以下の過料に処するとされます(障害者差別解消法第26条)。
3.福祉分野に関わる事業者に求められる合理的な配慮
福祉分野を所管する厚生労働大臣が定める「障害者差別解消法福祉事業者向けガイドライン」(以下「本指針」といいます。)では、福祉事業者において講じるべき上記措置の対応指針が示されています。
(1)本指針の対象となる事業者の範囲
本指針は、社会福祉法第2条に規定する社会福祉事業その他の福祉分野に関わる事業を行う事業者に適用され、以下の福祉事業者も対象となります。
・児童福祉、母子福祉関係事業(保育所、児童養護施設等)
・老人福祉関係事業(養護老人ホーム、老人デイサービス等)
・障害福祉関係事業(障害福祉サービス等)
(2)本指針上の合理的な配慮の基本的な考え方
福祉事業者においても、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の(ア)意思の表明があった場合において、その(イ)実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、社会的障壁の除去の実施について、必要かつ合理的な配慮を行うことが求められます。
(ア)意思の表明があったこと
言語のほか、点字、筆談等、障害者が他人とコミュニケーションを図る際に必要な手段により伝えられます。また、本人からの意思の表明が困難な場合には、その支援者が本人を補佐して行う意思の表明も含まれます。
(イ)過重な負担でないこと
個別の事案ごとに、事務・事業への影響の程度、実現可能性の程度、費用・負担の程度、事務・事業規模、財務状況等の要素を考慮し、具体的場面や状況に応じて総合的・客観的に判断されます。
(3)福祉事業者における合理的な配慮の例
合理的な配慮の態様 | 具体的内容 |
基準・手順の柔軟な変更 | ・障害の特性に応じた休憩時間等の調整などのルール、慣行を柔軟に変更すること |
物理的環境への配慮 | ・施設内の段差にスロープを渡すこと
・場所を1階に移す、トイレに近い場所にする等の配慮をすること |
建物や設備についての配慮や工夫 | ・部屋の種類や、その方向を示す絵記号や色別の表示などを設けること
・パニック等を起こした際に静かに休憩できる場所を設けること |
障害特性に応じた
対応
|
【知的障害】
・言葉による説明などを理解しにくいため、ゆっくり、丁寧に、分かりやすく話す ・文書は、漢字を少なくしてルビを振る、分かりやすい表現に直す ・写真、絵、ピクトグラムなどを用い、分かりやすく情報提供する ・説明が分からないときに提示するカードを用意したり、本人をよく知る支援者を同席させたりするなど、環境について工夫する 【注意欠陥多動性障害(注意欠如・多動性障害)】 ・本人をよく知る専門家や家族にサポートのコツを聞く ・短く、はっきりとした言い方で伝える ・気の散りにくい座席の位置の工夫、分かりやすいルール提示などの配慮 ・ストレスケア(傷つき体験への寄り添い、適応行動が出来たことへのこまめな評価) |
障害特性に応じた具体的対応例(参考)
・知的障害のあるAさんは不安が強くなると本来の作業能力が発揮されないため、 Aさんが1フロアーを1人で担当していた清掃作業について、作業量を変えずに2フロアーを2人の担当にしたところ、不安が減少し能力を発揮できるようになった。 ・保育所に通う発達障害のあるBさんは、靴をそろえるなど日常生活の動作の一部が十分に身につかずにいたが、言葉よりも視覚情報による説明の方が伝わりやすいため、動作の順番を具体化した絵を作成し、必要に応じて見せるようにしている。 |
※本指針を基に作成
(4)本指針を踏まえた福祉事業者の対応
たとえば保育所において、日常生活に相当な制限を受ける状態にある子どもを預かるという場合は、障害者手帳の有無にかかわらず、本指針に示すような合理的な配慮を提供することが必要とされます。このように、福祉事業者が運営する施設で配慮を必要とする利用者にサービスを提供する場合には、本人や家族の意思を踏まえ、上記事例のように、障害特性や場面・状況に応じて採り得るサポートを考え、話し合い、実施するとともに、その意思に完全に添うことが難しい場合でも理解を得るよう努めることが重要といえます。
合理的な配慮は、事業者の事業の目的・内容・機能に照らし、必要とされる範囲で本来の業務に付随するものに限られ、障害者でない者との比較において同等の機会の提供を受けるためのものであり、事業の目的・内容・機能の本質的な変更には及ばないとされます。そのため、たとえば小規模施設において、人的体制、設備体制に照らし対応できない場合に、特定の医療的ケアを実施するため、人材の確保や設備の拡充等により事業内容を変更することまでが求められるものではありません。もっとも、事業者においては、具体的な検討をせずに過重な負担の範囲を拡大解釈することのないよう留意が必要です。
また、このような本指針で示される事例はあくまで例示であるため、事業者においては、本指針の考え方を理解したうえで、具体的場面や状況に応じて柔軟に対応していくことが求められます。
今後、改正法の施行に向けて、福祉分野に関しても、本指針の見直しや、合理的な配慮のあり方に関する具体的な普及・啓発が進むと考えられるため、その動向を注視していく必要があります。
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