Legal Note

リーガルノート

2021.06.02

2021-5-3 中国における顔認識に関する法的問題

M&P Legal Note 2021 No.5-3

中国における顔認識に関する法的問題

2021年6月2日
松田綜合法律事務所
中国弁護士 徐 瑞静

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1.         はじめに

近年、顔認識技術、環境知能技術、自動運転技術等、データ処理技術は急速に発展してきました。これらの技術の進歩の成果を享受して、私たちの日常生活は便利になりましたが、それとともに、個人情報の保護のため、新しい技術を警戒することを必要とする場合があることも考えられます。特に新型コロナウイルスが蔓延してからは、スマートフォンの近接機能を利用した顔認識設備は、温度測定機能と融合して、通行人の体温を測定すると同時に、その個人情報をアップロードし、スケジュールデータベース、健康コードデータベース情報と比較することにより、当該通行人が高リスク者か否かを正確に識別します。

通常、オフィスビルや住宅などの入り口に設置された顔認識設備は、顔の特徴をもって異なる個人の識別を実現し、それにより、個人の識別や検証に用いられ、身分証、ICキーカード、ユーザー名のパスワードなどの身分認証のための手段を代替します。また、一部のデパートでも、その営業効率を高めるため、随所に高精度の顔認識設備を配置して、店内における消費者のショッピングルート、消費状況を正確に把握し、消費者に効率的な購買情報を提供することができます。このように、顔認識の技術は有用ですが、それと同時に、個人情報に関わるトラブルも多発しているのが実情です。

2.         顔認証の事例

中国における顔認識に関わる最初のトラブル案件の事実と裁判所の判断の内容は、次の通りです。

本件原告であるX氏は、2019年4月、費用を支払って野生動物園の年間パスを購入し、その際、指紋識別による入園方式を選定し、名前、身分証明書番号、電話番号等を提示の上、指紋を押し、顔写真を撮影されました。その後、動物園は、2019年7月と10月に、X氏に対し、年間パスの入園識別システムの変更を通知して、人の顔認識システムの適用を要求し、そうしなければ今後入園できなくなる旨を連絡しました。それに対して、X氏は、人の顔の情報が高度に敏感な個人のプライバシーに属するものと判断し、顔識別への変更を受け入れず、動物園側に年間パスのキャンセルを要求しました。しかし、双方の協議において一致した結果が得られなかったため、X氏は、2019年10月28日、杭州市富陽区人民法院に訴訟を提起しました。2020年11月20日、同法院は、動物園がX氏の契約の利益損失及び交通費の合計費用を賠償すること、及び、同時に、X氏の指紋年間パス作成時に提出した写真を含む顔の特徴情報と指紋の識別情報につき、動物園がそれらを削除すべきことを判決しました。これらの判断については、第二審の杭州中級人民法院の2021年4月9日判決も支持しています。

3.         顔認識システムの問題点

顔認識技術を使って既存のサービスをアップグレードすることで、元の契約の内容を修正し、新たな個人情報、肖像権、プライバシー権を元の契約の範囲へ導入し、本来求められていなかった顔認識の特徴が不可欠なデータとされて、元の契約がそれに関する情報をカバーしていない場合、契約の成立要件を満たさないことになる可能性があります。したがって、サービスのアップグレードとともに、契約当事者である個人が新しいデータを提供することに同意しないときは、既存のサービスを継続利用できるか、また、契約が元の枠組みの下で継続的に履行されるべきか、さらに、個人情報のデュー・デリジェンスが必要であるかが確認される必要があります。

顔認識システムの導入における問題点の根源は、顔認識技術の感度において、私たちの顔情報を殆んど修正できないことにあります。他の個人情報であるユーザー名、メールアドレス、携帯番号、名前等は簡単に変更できますが、顔認識技術によって収集された顔識別情報は、一旦収集されると永久に残存する可能性があります。また、顔認識の法的リスクとして、「同意」が有効に得られないことがあります。したがって、このような方法によって収集された顔識別情報が商業用途に直接使用されることになれば、当然の結果として、個人情報の侵害などの問題の発生が懸念されることになります。

4.         顔認識技術による個人情報収集の法的規制

2017年に施行された「サイバーセキュリティ法」第41条は、ネットワーク運営者が個人情報を収集したり、使用するに際し、「合法、正当、必要の原則」を遵守しなければならず、収集及び使用に関する規則を開示し、情報収集及び使用の目的、方法及び範囲を明示し、かつ、個人情報の提供者の同意を得なければならない、と規定しています。

また、2021年に施行された「民法典」第1034条第2項は、個人情報について、電子またはその他の方式により記録され,単独で、または、その他の情報と結合して特定の個人を識別できる各種の情報であり、個人の氏名、生年月日、身分証明書番号、生物識別情報、住所、電話番号、電子メール、健康情報、移動情報等を含むものと規定し、また、同法第1035条は、個人情報の処理において、「合法、正当、必要の原則」を遵守しなければならないことを規定しています。

 

さらに、2020年に中国国家標準化委員会が国の基準を推奨するために発表し、施行されたGB/T35273-2020「情報セキュリティ技術-個人情報セキュリティ規範」は、強制的効力はありませんが、企業のコンプライアンスの参考とされている規則ですが、それにも、「個人生物識別情報の収集に関する要求」の項目が追加されています。そこにおいては、個人の生物識別情報を収集する前に、個人情報の主体に対し、収集すること、情報使用の目的、方式、範囲及び情報保存時間等の規則を個別に通知し、本人の明示の同意を得ることが必要であることが規定され、生物識別情報についての具体的な解決策が示されています。

5.         まとめ

以上のように、顔識別情報は「公民個人情報」の範疇に属しており、法的保護の対象とされていることから、顔認識技術を濫用することは、大きな法律リスクに直面する可能性があります。「民法典」を始めとする既存の法的規制、さらには、「個人情報保護法(草案)」により、個人の生物識別情報が個人情報とされ、特に顔識別特徴については、個人の生物識別情報の典型であるとの共通の認識も確立しています。しかし、その一方、近年、顔認識技術はますます向上し、その効能を有効活用しようとする動向も顕著になっています。そのような事情を背景として、全国人民代表大会常務委員会は、すでに、「個人情報保護法」及び「データ安全法」を2020年度立法作業計画に組み入れており、その他の個人情報保護に関する行政規定の制定も検討しています。したがって、近い将来、中国における顔認識技術の使用に関する規則は、さらに精緻化されることが見込まれる状況を迎えています。いずれの場合にも、個人情報の処理における基本原則として、個人情報保護の基礎となる個々人の「同意」の存在が前提条件であることに異論はないように思います。

 

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