M&P Legal Note 2021 No.4-1
令和元年改正会社法により導入された会社補償制度の概要とポイント
2021年4月27日
松田綜合法律事務所
パートナー(弁護士・米国ニューヨーク州弁護士)
水谷 嘉伸
2019年(令和元年)12月4日、「会社法の一部を改正する法律」(令和元年法律第70号)(以下「改正法」という。)及び「会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(令和元年法律第71号)(以下「整備法」という。)が成立し、同月11日に公布された。そして、株主総会資料の電子提供制度の創設及び支店の所在地における登記の廃止に関する規定を除き、改正法及び整備法(併せて「令和元年改正会社法」という。)は2021年(令和3年)3月1日より施行されている[1]。
令和元年改正会社法の内容は多岐にわたるが、本稿では同法によって新設された会社補償制度を取り扱う。これは取締役等に関する規律の見直しとして、取締役等への適切なインセンティブの付与を目的とする改正の一環として導入された制度であり、職務の執行に関し取締役等に発生した防御費用や損失を会社が補償する制度である。
当該制度は、上場会社に限らず、すべての株式会社(以下「会社」という。)が利用できることから、優秀な人材を取締役、監査役等に招聘し、職務執行による役員責任を過度に恐れずに適切なリスクテイクができる「攻めの経営」を実践したいと考えている会社においては、その内容を理解し導入を検討する価値があると考えられる。
そこで、本稿では、令和元年改正会社法により導入された会社補償制度を概観したうえで、実務上のメリットと留意点を解説する。なお、以下において「法」とは令和元年改正会社法による改正後の会社法を指す。
1. 制度の概要
この制度は、職務の執行に関し「役員等」(取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人を指す(法423条1項)。以下同じ。)に発生した防御費用や損失を会社が「補償契約」を当該役員等と締結することにより補償する制度である。そして、「補償契約」とは、会社が、役員等に対して次に掲げる「防御費用」及び「損失」の全部又は一部を当該会社が補償することを約する契約と定められている(法430条の2第1項)。
(1) 当該役員等が、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用(同項1号)(以下「防御費用」という。)
(2) 当該役員等が、その職務の執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における次に掲げる損失(同項2号)(以下に定義される「損害賠償金」と「和解金」を併せて「損失」という。)
a. 当該損害を当該役員等が賠償することにより生ずる損失(同号イ)(以下「損害賠償金」という。)
b. 当該損害の賠償に関する紛争について当事者間に和解が成立したときは、当該役員等が当該和解に基づく金銭を支払うことにより生ずる損失(同号ロ)(以下「和解金」という。)
令和元年改正会社法は、会社が上記「補償契約」を役員等と締結することで、会社補償が法律上可能であることを明確化するとともに[2]、それを前提に、補償契約の内容の決定について、取締役会設置会社にあっては取締役会の決議、取締役会非設置会社にあっては株主総会の決議を経ることを求め(法430条の2第1項)、更に、取締役会設置会社においては、補償契約に基づく補償をした取締役及び当該補償を受けた取締役に、遅滞なく、当該補償についての重要な事実を取締役会に報告する義務を課している(同条4項)。
他方で、会社が補償できる範囲には限定が付され、次に掲げる防御費用や損失は補償の対象とすることができない(同条2項)。
(i) 防御費用のうち通常要する費用の額を超える部分(同項1号)
(ii) 会社が役員等の損失にかかる損害を賠償するとすれば当該役員等が法423条1項のいわゆる「対会社責任」を負う場合には、その対会社責任に係る部分(法430条の2第2項2号)
(iii) 役員等がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったことにより損失にかかる責任を負う場合には、その損失の全部(同項3号)
また、法430条の2第1項2号の法文から明らかな通り(上記(2)下線部参照)、損失は「第三者に生じた損害」の賠償責任にかかるものに限られ、いわゆる 「対会社責任」(法423条1項)にかかるものは含まれない。
更に、補償契約に基づき防御費用を補償した会社が、当該役員等がいわゆる「図利加害目的」(自己若しくは第三者の不正な利益を図り又は当該株式会社に損害を加える目的)で職務を執行したことを知ったときは、当該役員等に対し、補償した金額に相当する金銭を返還することを請求することができる(同条3項)。
以上を図解すると下記の通りとなる。
補償対象にできる | 補償対象にできない | その他 | |
防御費用 | 通常要する費用(悪意又は重過失でもよい) | 通常要する費用を超える部分 | 図利加害目的の場合は役員等に返還義務 |
損失(損害賠償金+和解金)
*対第三者責任のみ |
軽過失+会社が賠償しても役員等が対会社責任を負わない部分 | 悪意又は重過失 | 対会社責任はそもそも法文上「損失」の定義に含まれない |
会社が賠償すると役員等が対会社責任を負う部分 |
「防御費用」については、訴訟などの手続き進行過程において随時支出を要し、判決の確定等を待たずに適時に補償できることが適切な防御活動のためには重要であることから、「通常要する費用」の額の範囲であれば役員等の最終的な責任や主観的要件は問わず補償対象とすることができる[3]。ただ、モラルハザードを防止するため、役員等の「図利加害目的」が判明した場合には事後的に会社が役員等に返還を請求できる建付けとされている。
一方、実体上の役員等の責任に関わる「損失」(損害賠償金及び和解金)については、①役員等がその職務執行につき「悪意又は重過失」の場合は補償できないこととし、また、②いわゆる「対会社責任」は、それを補償の対象とすると役員の対会社責任の減免にかかる会社法上の既存の規律(法424条等)によらずに免除することと実質的に同じになる[4]ことから、「損失」の定義に含めず、更には、③「対第三者責任」についても会社が賠償した場合に役員等が対会社責任を負う部分は補償できないこととしている。
2. 実務上のメリットと留意点
次に、会社補償制度を導入する実務上のメリットと留意点について説明する。
(1) メリット
まず、補償契約の相手方は「役員等」(取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人)(法423条1項)であり、「非業務執行取締役等」にのみ認められる「責任限定契約」(法427条1項)と異なり、「補償契約」は代表取締役をはじめとする業務執行取締役とも締結できることから、外部から社外役員だけでなく、社長や「社内」役員を招聘する際にも活用することができる。
また、会社補償制度を導入するために定款の定めを必要としないことから、取締役会設置会社であれば取締役会決議のみで役員等と補償契約を締結し、制度を導入することができる。また、登記事項ではないため公示もされない[5]。
更には、とりわけ「防御費用」について補償対象とできる範囲が広く、以下の点で利便性が高いと考えられる[6]。
① 役員等が職務を行うにつき悪意又は重過失の場合も防御費用は補償対象とできる
② 役員等が対会社責任(法423条1項)の追及を受けた場合(株主代表訴訟による責任追及を含む)の防御費用も補償対象とできる
③ 刑事・行政責任に関して公的機関から調査を受ける場合の調査対象費用も補償対象とできる[7]
④ 裁判手続きが開始されていることは防御費用の補償実行の要件とされていない[8]
⑤ 会社による防御費用の前払いや立替払いも認められると考えられている[9]
(2) 留意点
一方で、実務上利用するにあたって留意点もある。
第一に、「損失(損害賠償金+和解金)」について、前述の通り、「対会社責任」が補償対象とされていないうえ、「対第三者責任」についても、役員等がその職務を行うにつき悪意又は重過失の場合は補償できない(法430条の2第2項3号)ところ、対第三者責任の典型である法429条1項に基づく会社法上の対第三者責任は、役員等がその職務を行うについて悪意又は重過失の場合にのみ責任が発生するため、結局のところ、法429条1項に基づく会社法上の対第三者責任は補償対象とすることができないと考えられる[10]。そのため、補償対象にできる「損失」は、会社法に基づく対第三者責任ではなく、民法上の不法行為等で役員等が「軽過失」である場合に限られ、かつ、会社がその場合の責任を賠償したとしても役員等に「対会社責任」が発生しない部分(法430条の2第2項2号)[11]にとどまることになる。従って、実体上の役員等の責任に関わる「損失」(損害賠償金及び和解金)については、会社補償制度でカバーされる範囲が相当程度限定されることが想定されるため、役員側としてはそれを前提に、とりわけ上場会社の役員はD&O保険の付保によるリスクヘッジを追加で検討することも考えられる。
第二に、確定判決又は仲裁判断により役員等の責任が認められることや訴訟上の和解等の公的な手続で和解が成立したことはいずれも会社法上は「損害賠償金」又は「和解金」の補償の要件とされていないが[12]、実際上、公的な紛争解決機関又は手続きによらずに役員等に対する補償の要否及び金額を会社が判断することは難しいため、会社側としては、補償契約において、かかる公的な紛争解決機関又は手続きによって役員等の責任が認められたことを「損害賠償金」又は「和解金」の補償の条件とすることが検討事項となる。
第三に、前述の通り、会社法上、役員等がその職務を行うにつき「悪意又は重過失」の場合には「損失」の補償はできない(法430条の2第2項第3号)ところ、確定判決又は仲裁判断において、役員等の過失が重過失か否かまで明示されないことも考えられ、和解に至っては、訴訟上の和解であっても役員等の悪意又は重過失の有無については言及すらされないことがむしろ通常であろう[13]。そこで、会社側としては、かかる想定の下、補償契約において会社の承認を補償の条件としておくことも考えられる。ただし、余りに会社の裁量を認め過ぎることは、優秀な人材が役員に就任するインセンティブを弱め、就任後も経営判断を委縮させることにもつながることから、場合によっては、承認のプロセスや条件を客観化・明確化するといった工夫も必要になるものと思われる。
第四に、会社が取締役と締結する補償契約は、性質上、会社と取締役との間の利益相反取引に該当するが、会社法上の利益相反取引規制(法356条1項、365条2項)及びそれにかかる任務懈怠の推定規定(法423条3項)や直接取引(自己のためにした取引に限る。)をした取締役にかかる無過失責任規定(法428条1項)は適用されない(法430条の2第6項)。ただし、利益相反取引に準じて、前述の通り、補償契約の内容の決定について、取締役会設置会社においては取締役会決議、取締役会非設置会社においては株主総会決議を要し、取締役会設置会社にあっては、補償をした取締役及び当該補償を受けた取締役は、遅滞なく、当該補償についての重要な事実を取締役会に報告する義務がある(同条4項)。また、取締役会設置会社の場合、取締役会から取締役に補償契約の内容の決定を委任することはできず[14]、それを決定する取締役会においては、補償契約の契約相手方となる取締役は、法369条2項の特別利害関係取締役に該当し、審議及び議決に参加することはできないものと考えられる[15]。
第五に、会社が補償契約に基づき役員等に補償を実行する場合、明文上、会社の機関決定は必要とされていないが、取締役会設置会社において、補償の実行が「重要な業務執行」に該当する場合には、取締役会決議が必要になると考えられる(法362条4項柱書)。どのような場合に「重要な業務執行」に該当するかは難しい判断になるが、補償の実行について会社の裁量がある場合や補償金額が大きい場合にはそれに該当する可能性が高くなると考えられるため、補償契約において、会社裁量を認める場合にはその判断に取締役会の承認を要する旨、裁量を認めない場合も一定金額以上の補償を実行する場合には取締役会の承認を条件とする旨明記しておくことが考えられる[16]。ただし、取締役会の承認を補償実行の条件とすることは、役員側のインセンティブを弱める方向に働くことから、適用場面の限定や承認基準の明記など工夫することが考えられる。なお、この場合の取締役会においても、補償実行の相手方となる取締役は、法369条2項の特別利害関係取締役に該当し、審議及び議決に参加することはできないものと考えられる[17]。
3. おわりに
以上制度の概要と実務上のメリット・留意点について述べたが、会社補償制度は、役員への適切なインセンティブ付与のために新設された制度であり、それを導入することにより、優秀な人材が会社の役員に就任し、経営判断に過度に委縮することなく適切なリスクテイクができる「攻めの経営」を実現することを目指すものである。
そのため、会社として、可能な限り会社に有利な補償契約を策定すればよいものではない。そうすることはむしろ会社補償を導入する趣旨に反することにもなりかねない。一方で、役員側に過度に有利な内容にすることは軽率かつ無責任な経営判断を誘発する事態になりかねず、職務執行の適正性、ひいては会社の利益を損なうリスクを孕む。
そこで、各会社においては、役員に対して適切なインセンティブを付与するという会社補償制度の趣旨を念頭に、その会社の状況や役員の職務内容を踏まえたバランスのよい補償契約の雛型を策定したうえで、場合によっては招聘する人材毎にカスタマイズすることで、各役員にとって適切なインセンティブとなり果敢かつ責任ある経営判断が可能となる条項を盛り込んだ補償契約を設計していくことが求められることになると考えられる。
<註>
[1] 整備法のうち、印鑑届出の任意化に関連する改正規定は2021年(令和3年)2月15日に施行されている。
[2] 従前は、民法650条(法330条)に基づく役員への費用の償還等を超えて、(特に役員に過失が認められる場合に)会社補償が法律上可能か解釈上疑義があった(竹林俊憲「一問一答 令和元年改正会社法」106, 107頁参照)。
[3] 松本絢子「会社補償・役員等賠償責任保険をめぐる規律の整備」ビジネス法務第19巻第6号36, 37頁
[4] 竹林俊憲ほか「令和元年改正会社法の解説(IV)」商事法務2225号6頁
[5] ただし、一定の場合(公開会社における取締役、監査役又は執行役、会計参与設置会社における会計参与又は会計監査人設置会社における会計監査人)に事業報告における株主への開示義務がある(会社法施行規則121条3号の2~3号の4、125条2号~4号、126条7号の2~7号の4)ほか、役員等の選任議案における株主総会参考書類の記載事項とされている(会社法施行規則74条1項5号、74条の3第1項7号、75条5号、76条1項7号、77条6号)。
[6] もちろん、個別の補償契約においてこれらと異なる定めを設けることは可能であり、それは各社の判断に委ねられる。
[7] ただし、罰金・課徴金は補償の対象とはできない(竹林俊憲「一問一答 令和元年改正会社法」116頁)。保釈保証金についても、会社が刑事訴訟法上の代納付の手続きに従って、裁判所の許可を得て支払うことは認められるが、補償契約に基づく補償はできないとされている(前掲同頁注2)。
[8] 塚本英巨「会社補償・D&O保険の実務対応」商事法務2233号32頁
[9] 塚本英巨「会社補償・D&O保険の実務対応」商事法務2233号32頁
[10] 江頭憲治郎「株式会社法(第8版)」486頁注5、塚本英巨「会社補償・D&O保険の実務対応」商事法務2233号33頁。ただし、会社補償を認める余地があるとする見解もある(髙橋陽一「会社補償および役員等賠償責任保険(D&O保険)」商事法務2233号21頁)。
[11] この点、会社が第三者に責任を賠償し、役員等に対して求償する場合、一般的には会社には負担部分がないため(竹林俊憲「一問一答 令和元年改正会社法」117頁)、会社は法423条1項等に基づき全額を役員等に求償できるのが原則であり、役員等に民法上の不法行為等の「軽過失」が認められる場合、ほとんどの場合法423条1項の任務懈怠が認められてしまうように思われ、補償が認められる「対会社責任が発生しない部分」の存在を容易に想定し難い(髙橋陽一「会社補償および役員等賠償責任保険(D&O保険)」商事法務2233号20頁参照)。ただし、「非業務執行取締役等」(法427条1項)については、会社と法427条1項に基づく責任限定契約を締結することにより、対会社責任が発生する範囲が限定されることで、補償が認められる部分を確保することが可能となる(竹林俊憲「一問一答 令和元年改正会社法」117頁)。換言すれば、責任限定契約を締結することができない代表取締役や業務執行取締役等については、対第三者責任にかかる損失の補償が認められる範囲は極めて限定されるものと思料される。
[12] 塚本英巨「会社補償・D&O保険の実務対応」商事法務2233号34頁
[13] 塚本英巨「会社補償・D&O保険の実務対応」商事法務2233号34頁
[14] 竹林俊憲ほか「令和元年改正会社法の解説(IV)」商事法務2225号5頁
[15] 塚本英巨「会社補償・D&O保険の実務対応」商事法務2233号35頁、髙橋陽一「会社補償および役員等賠償責任保険(D&O保険)」商事法務2233号19頁
[16] 塚本英巨「会社補償・D&O険の実務対応」商事法務2233号35頁参照
[17] 塚本英巨「会社補償・D&O保険の実務対応」商事法務2233号36頁、髙橋陽一「会社補償および役員等賠償責任保険(D&O保険)」商事法務2233号19頁
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