M&P Legal Note 2021 No.2-1
土地に係る法制度に関する最近のトピック
~土地の所有権の上下の範囲・土地取得に係る外資規制等~
2021年3月16日
松田綜合法律事務所
弁護士 髙橋 梨紗
※本原稿は2月末日時点の情報で作成しております。
第1.はじめに
本稿は、①土地の所有権の上下範囲を制限する主な法律と、②近時の土地の取引に関連した法制定・改正の動向についてご紹介するものです。
①については、最近話題となった大深度地下法を中心に、②については、外国人等による日本の土地の取得事例が増加したことを受け、安全保障の観点から制定が見込まれる土地取得規制に関する法律及び当該法律の制定を検討する有識者会議の中で言及があった、現在改正に向けて議論が進められている民法・土地登記法(所有者不明土地関係)について、簡単にご紹介します。
第2.土地所有権の上下の範囲
1.総論
民法207条は、「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ」と規定しています。土地の所有権の上下の範囲について明確に定められた法律はありませんが、土地の所有権の上下の範囲に関わる「法令の制限」(実質的なものを含めて)としてどのようなものがあるのか、主要なものを概観します。
2.地下に関して
(1)大深度地下法
2020年10月、「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」(「大深度地下法」)上の認可に基づいて、事業者により進められていた地下道路(トンネル)工事の最中に、当該工事現場付近(東京都調布市)で道路の陥没・地下の空洞が発見されました。現在、工事の実施事業者が設置した有識者会議により、陥没等の原因の調査が進められています。有識者会議による中間報告では、今回の工事が陥没等の要因の一つとなったとの報告がなされ、今後土地・家屋等に損害が生じた近隣住民に対しどのような補償がなされるのか注目されています。また、これを機に、これまであまり知られていなかったが大深度地下法が注目されました。
大深度地下法は、公共の利益となる事業による大深度地下(地中の深い部分。一般的には地表から40メートル以上の深さ)の使用の要件・手続きについて規定した法律です。公共の利益となる事業においては、事業者は、国や地方公共団体の認可を得ることにより、政令で定められた対象地域において、当該土地の所有者の同意を得ずに使用することが認められています。公共の利益となる事業には、道路法、河川法、鉄道事業法、電気、ガス、水道法に基づく事業等が含まれます。
大深度地下法施行前は、各土地の所有者の同意を得なければ、事業者は大深度地下部分を使用することはできませんでした。そこで、公共の利益となる事業の円滑な遂行と大深度地下の適正かつ合理的な利用を図ることを目的として、2001年に同法が施行されました。大深度地下が通常利用されない空間であり通常補償すべき損失が発生しないとの考え方に基づいて制定されたため、同法に定める補償規定は請求期間が短いなど限定的であり[1]、損害が地表面に生じた場合の補償規定もないため、従前から問題が指摘されていました。
不動産取得の際には、大深度地下法に基づく認可の告示がなされていないか確認することが望まれます。
(2)鉱業法
鉱業法は、鉱物資源の合理的な開発により公共の福祉の増進を図ることを目的として、鉱業権を、土地所有権とは別個の独立した権利とみなし、鉱業権の設定には経済産業大臣の許可を受けなければならないと定めています。鉱業権なしには、土地の所有者であっても鉱物を掘採し、取得することはできません。鉱業法は上記総論に記載した土地所有権の法令の制限のーつと言えます。
(3)地下水の採取に関連する法律(工業用水法・ビル用水法[2])、温泉法
地下水の採取に関して直接的に制限している法律がありませんが、工業用水法やビル用水法により、地盤沈下の防止を目的として、指定された地域における工業用井戸やビル用揚水設備を規制しています。また、所有する土地の地下であっても温泉の掘削・増掘、動力の装置には、都道府県知事の許可が必要となるなどの温泉法による規制が設けられています。
3.地上に関して ~航空法~
土地の所有権の上部の限界について明確に定めた法律はありませんが、航空法の規定が参考となります。航空法では、飛行機等(人が乗って航空の用に供することができる機器)が飛行する場合の、最低安全高度を地域ごとに定めています。例えば、人口密集地内においては最も高い障害物等の上端から300メートルの高度と定められています。
そして、当該飛行(土地上空の通過自体)には、直下の土地所有者からの許可は必要ないと解されています。
なお、ドローン等の無人航空機の利用は、所有する土地の上空であっても航空法による規制を受ける場合がありますので、注意が必要です。
第3.土地の取引に関する最近の法制定・改正の動向
1.国家安全保障上重要な土地等に係る取引等の規制等に関する法律の制定への動き
(1)背景
近年、外国資本による、経済合理性の見出しがたい防衛施設等周辺の土地の取得事案が増加し、安全保障の観点から度々問題視されてきました。1925年に制定された「外国人土地法」が外国人等の土地取得は政令で制限することができると規定していますが、現在政令は定められていません。近年、他国でも外国資本による土地取得規制に関する議論が活発化しており、昨年米国では、「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」の審査対象に不動産投資が追加され、軍事・戦略的港湾等の不動産投資に関して、対米外国投資委員会(CFIUS)が事前申告等を求め審査することが定められました。
こうした状況を踏まえて、日本でも具体的な法整備への動きが加速しました。
(2)有識者会議による提言で示された基本的な考え方と、法案の概略
2020年、政府の要請で有識者会議が発足し、同年12月24日に提言[3]がなされました。これを受けて、現在国会において法案が審議されています。
ア 提言で示された基本的な考え方
(ア)国民の権利との関係では、安全保障の確保は国民の平穏な生活の実現に資するものであり、そのために国民の財産権を一定の程度で制約することは公共の福祉による制約として許容し得ると提言されました。
(イ)規制の対象を「外国人等」による土地の取引等に限定するか否かについては、内外無差別原則が望ましいとされました。その理由として、外国資本等による対内投資は経済成長に資するものであり基本的には歓迎すべきであること、安全保障という観点では土地の所有者の国籍のみをもって差別的な取扱いをすることは適切でない(日本法を準拠法として設立された会社であっても実質的な支配者が日本人でない場合もある)こと、国内外で差別することは、世界貿易機関(WTO)発足時に成立した「サービス貿易に関する一般協定(GATS)」にも違反することが挙げられました。
イ 法案の概要
①規制対象地域(重要国土区域)の指定
政府の定める基本方針に基づき、内閣総理大臣は、「第一種重要国土区域」及び「第二種重要国土区域」を指定することができます。
第一種重要国土区域とは、i) 防衛施設、ii) 原子力施設等国家安全保障上重要な施設及び設備の敷地並びにその周辺の区域、iii) 国境離島のうち、その土地等の取引等が国家安全保障の観点から重大な支障となるおれがある区域と定められ、第二種重要国土区域とは、その土地等の取引等が国家安全保障の観点から支障となるおそれがあるため、当該取引の状況等を把握する必要がある区域(第一種重要国土区域を除く)と定められています。
②所有・利用実態の調査権限
内閣総理大臣は、上記指定のため、土地等に立ち入り現地調査を行うことができます。また、行政機関や地方公共団体と連携し、重要国土区域内の土地の所有者、利用実態等の調査を行うことができます。
③主な規制内容
・第一種重要国土区域内に所在する土地等[4]についての取引等[5]を行おうとする者(国内外の区別はありません)は事前に内閣総理大臣に届出を行わなければなりません。大臣は審査が必要と認めた場合、最大5カ月間取引等の禁止期間を定めることができます。審査の結果、国家安全保障上支障がある取引等であると認められた場合、大臣は取引等の内容の変更又は中止の勧告をすることができ、これに従わない場合は命令を出すことができます。
その他、特に重要かつ国が取得管理することが適切かつ合理的な土地等に関しては、国による収用・使用権限も定められています。
・第二種重要国土区域内に所在する土地等の取引等については、内閣総理大臣に事後報告を行わなければなりません。
2.民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)改正への動き
不動産登記法上、建物が新築された場合などには登記が義務付けられますが、不動産の相続や譲渡に際し、これらの権利移転の登記(登記の名義人を変更)をすることは義務付けられていません。
近年、土地の所有者が死亡してもこれらの登記がされないこと等を原因として、不動産登記簿により所有者が直ちに判明せず、又は判明しても連絡がつかない土地(「所有者不明土地」)が生じ、その土地の利用等が阻害されるなどの問題が生じています。
上記のような観点から、国内外を問わず不動産の所有者の所在地等を的確に把握できるような仕組み、例えば、相続時の登記義務の創設などが検討されています。
また、特に外国人・外国法人との関係では、海外に居住する不動産の所有者の日本国内における連絡先を登記事項とする仕組みや、外国に住所を有する外国人(法人を含む)が所有権の登記名義人となろうとする場合に必要となる住所証明情報の見直しの議論が進められています。上記第3.1にて記載した有識者会議の中でも、本改正による、不動産登記簿による情報収集の強化の動きも考慮して、土地等の利用状況等の調査を進めることが言及されました。
第4.総括
本稿では、近時話題となった土地に係る法制度について、新法制定や法改正の動向を含めて紹介しました。土地の取引の際の参考となれば幸いです。
[1] 大深度地下法は、事業区域(地下空間)の明渡しによる損失のほか、事業者が事業区域を使用することによって、当該事業区域に係る土地に関するその他の権利の行使が制限されるために生じる具体的な損失については、使用の認可後、告示の日から1年以内に限り、補償を請求することができるものと定めている(25条、第31条、第32条、第37条)。
[2] 建築物用地下水の採取の規制に関する法律
[3] 国土利用の実態把握等のための新たな法制度の在り方についての提言
[4] 「土地等」とは、土地若しくは建物又はこれらに定着する物件をいい、建物にある設備又は備品で当該建物の運営上これと一体的に使用されるべきものを含むものとする。
[5] 「取引等」とは、土地等について所有権を移転し、又は地上権、永小作権、質権、使用貸借による権利、賃借権若しくはその他の使用及び収益を目的とする権利を設定し、若しくは移転することその他政令で定める権利の変動並びに土地の区画形質の変更(通常の管理行為、軽易な行為その他の行為で政令で定めるものを除く。)をいう。
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弁護士 髙橋 梨紗
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