Legal Note

リーガルノート

2021.01.27

2021-1-2 中華人民共和国民法典の施行

M&P Legal Note 2021 No.1-2

中華人民共和国民法典の施行

2021年1月29日
松田綜合法律事務所
中国弁護士 徐 瑞静

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2020年5月28日の第13期全国人民代表大会第3回会議において可決された中華人民共和国民法典(以下、「中国民法典」という。)が、本年1月1日から施行されています。「中国民法典」は、中国法体系の中心となる重要立法であり、中国法務との関りを持つ場合、その内容に関する十分な知識と理解を欠くことができないことは言を俟たないところです。そこで、以下においては、同法典の施行開始に際し、その編纂の過程をも含め、同法典の内容の重要な点について概説したいと思います。

1 「中国民法典」の編纂の過程

(1)中国民法の生成

まず、始めに、中国における民法の歴史を遡れば、封建時代の歴代支配者は、法典の編纂を重視しており、唐律、民律、清律等の優れた法典が生み出されましたが、民法が制定されたことはありません。中国において、例えば、家制度、結婚、金銭債務等、民事生活関係の実定法は、近現代民法におけるような権利義務の主体の平等、当事者意思の自治等の私法原則に符合しないため、それらの民事的法律関係は、実際には、刑法の規範に属する法律関係として規律の対象とされることが多かったと言うことができます。また、一般的な民事生活関係は、慣習法のような「礼」によって調整されており、そのことも、長きに亘る封建時代を通じて、中国には民法が存在しないと言われる所以となっています。封建時代の支配者が、「農業生産の重視」と「商業の抑制」という経済政策を重視して、自給自足の自然経済の推進に徹していたため、民法の生成と発展の素地となる基本条件の整備からは程遠い環境が、悠々と継続されてきたと言っても過言ではありません。

中国民法の生成の兆しが見えたのは、清朝末期に至ってのことです。19世紀末における日清戦争に敗戦して、特に、8か国連合軍に侵略された後、当時の清朝の支配者が漸く変革の必要性を悟り、「夷狄の技をもって、夷狄を制す」との思いで、多くの留学生を欧州諸国や日本に派遣し、それと同時に、日本の法学者を招いて法制の整備に努めた結果、1910年末頃までに、日本民法を参考にした「大清民律草案」が完成しました。それに基づき、中華民国時代には、北洋政府による「民国民律草案」、及び、国民党による「中華民国民法」が完成しました。

(2)「中国民法典」の実現

次に、「中国民法典」の直接的な淵源としては、中華人民共和国建国直後にまで辿ることになります。1954年から、民法典の起草作業が開始され、1956年12月には、「民法典第1部草案」が完成しました。その後、様々な理由で、起草作業は一時中断されましたが、1962年、3年間の自然災害と「大躍進」による深刻な経済的困難を経た後、経済政策が調整されて、民法典起草の第2次作業が開始され、1964年7月、「民法草案(試案)」が完成しました。

続いて、1979年11月、法治国家の形成に向けられた力強い潮流を背景として第3次作業が開始され、1982年5月には、「民法草案(1乃至4)」が起草されましたが、当時、未だ経済体制改革の日が浅く、また、社会生活が激変していたことに鑑み、統一された単一の「中国民法典」の制定は先送りされました。

しかし、その後も、中国における民事法体系の整備は着実に進捗し、中国の特色のある社会主義発展の要求という政治的任務、及び、大陸法制の理念と構造の保持という立法的任務を負った地道な努力を背景として、2014年10月、中国共産党第18期中央委員会第4回全体会議において、「中国民法典」の編纂が決議され、その実現に向けた動きが加速されるに至りました。

2 「中国民法典」の概容

(1)「中国民法典」の構成

「中国民法典」は、すべての中国国民にとって、その揺り籠から墓場に至るまでの広範な法律関係を網羅する法律であると言われ、立法としての存在の重要性は改めて指摘するまでもありません。しかし、「中国民法典」の実体は、上述のような法典化のための前駆的作業の積み重ねを経て、既に実定法化されていた9つの法律により、実質的に形成されていたと言うことができます。すなわち、「中華人民共和国婚姻法」(1980年可決、2001年修正)、「中華人民共和国相続法」(1985年可決)、「中華人民共和国民法通則」(1986年可決、2009年修正)、「中華人民共和国養子縁組法」(1991年可決、1998年修正)、「中華人民共和国担保法」(1995年可決)、「中華人民共和国契約法」(1999年可決)、「中華人民共和国物権法」(2007年可決)、「中華人民共和国権利侵害責任法」(2009年可決)、「中華人民共和国民法総則」(2017年可決)が、「中国民法典」を組成する単独立法です。それらの法律は、「中国民法典」の施行と同時に廃止され、「中国民法典」がそれらの法律を代替することになりました。したがって、「中国民法典」は既存の諸法律を整理し、統合したものであり、少しの修正を除けば、それらの諸法律が改正されたとか、補完されたというものではありません。
「中国民法典」は、7箇編、84箇章、1260箇条をもって構成されており、それらは、第1編「総則」、第2編「物権」、第3編「契約」、第4編「人格権」、第5編「婚姻家庭」、第6編「相続」、第7編「権利侵害責任」及び「付則」に分けられています。

「総則」は、主に民事活動において従わなければならない基本原則及び一般規則を定め、民法典を統括します。

「物権」は、権利者が法により特定の物に対して直接的かつ排他的に支配する権利、所有権、用益物権及び担保物権、占有について規定しています。用益物権には、土地請負経営権、建設用地使用権、宅地使用権、居住権、地役権が含まれ、また、担保物権には、抵当権、質権、留置権が含まれます。

「契約」は、市場経済の基本となる民事法律関係につき、民事主体間におけるその創設、変更、終了に関する協議について規定しています。典型契約として、売買、電力・水・ガス・熱供給使用、贈与、金銭貸借、保証、賃貸借、ファイナンスリース、ファクタリング、請負、建設工事、運送(旅客運送、貨物運送、複合運送)、技術(技術開発、技術譲渡及び技術ライセンス、技術コンサルティング及び技術サービス)、寄託、倉庫保管、委任、不動産管理サービス、取次、仲介、組合については、それぞれ、特別規定が置かれています。事務管理及び不当利得については、準契約として性質決定されています。

「人格権」は、前出「中華人民共和国総則」が「中国民法典」に統合される際に、第1編から、第4編として、分離された諸規定であり、生命権、身体権、健康権等、民事主体となる全ての人々に固有の人格上の利益に関する権利について規定しています。

「婚姻家庭」は、結婚、家庭関係、離婚、養子縁組等、夫婦関係及び家庭生活について規定しています。

「相続」は、自然人につき、その死亡に因る財産の承継として、法定相続、遺言相続、遺贈について規定しています。

そして、「権利侵害責任」は、民事主体が他人の権益を侵害した場合に負うべき法的責任につき、権利侵害責任の一般規定とともに、生産物責任、自動車交通事故責任、医療損害責任、環境汚染及び生態破壊責任、高度危険責任、動物飼育損害責任、建築物及び物件損害責任の7つの権利侵害類型に関する特別規定を置いています。

(2)今まで施行されてきた司法解釈

2020年12月30日、最高人民法院は、民法典の実施に伴い、これまでに施行された民事関係法の司法解釈、及び、新しく施行される「中国民法典」の司法解釈に関し、記者会見を開催しました。そこにおいて、最高人民法院は、591件の司法解釈及び関連する規範性書類を整理した上で、「中国民法典」に即した司法解釈を段階的に整備・制定する方針を表明し、その第一弾として、7件の新しい司法解釈を公布しており、それらは、「中国民法典」の施行と同時に施行されています。因みに、これら7件の新しい司法解釈は、それぞれ、「中国民法典」の適用における時間的効力、担保制度、物権、婚姻家庭、相続、建設工事契約、労働争議等の適用に関するものです。さらに、最高人民法院は、民事裁判業務の規範として、「中国民法典」に規定された新制度に基づき、「民事案件事由規定」を改正し、今後予想される音声保護、個人情報保護、人格権侵害禁止令、居住権、ファクタリング契約等の事件の増加に対応できるよう指導することも表明しています。

3 まとめ

中国が、先進諸国への変貌の前提条件となる法治国家としての外見及び実質の具備を目指し、1980年代初めから重ねてきた努力の成果は、この「中国民法典」の完成により、一先ず、達成されたということが実感されます。その意味において、「中国民法典」は、中国が法治国家、そして、先進国としての仲間入りを果たしたことの象徴であると言っても過言ではないと思われます。しかしながら、つぶさに見れば、各編の法律関係の配置に見られる流れの悪さや、各編に見られる諸規定の質的な不均衡等、全体として、ぎこちない未完成の法典であるとの実感を拭い去り難いことも事実です。その要因については、様々な点が考えられますが、やはり、「中国民法典」に統合された各法律が40年近くにも亘る分業の成果であり、部分的には、その期間における社会的、経済的、法的な変化に対応し切れていないからであるように思われます。今後における「中国民法典」の周到な補完がいかように実現されるか、大国にならんとする中国の立法力が試されるのはこれからです。

 


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