M&P Legal Note 2020 No.9-3
民法(債権法)改正のM&A契約に及ぼす影響
-株式譲渡契約を中心に-
2020年6月26日
松田綜合法律事務所
コーポレートチーム
1.はじめに
2020年4月1日に債権法の改正に関する改正民法が施行されました。今回の民法改正は,債権法を中心とした110年ぶりの改正であり,契約実務や会社法実務に与える影響は少なくありません。
そこで,本稿においては,民法改正がM&A契約に与える影響について,株式譲渡契約を例に検討をすることとします。
2.株式譲渡契約の構成
一般に,株式譲渡契約は以下のような構成がとられます。
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株式譲渡契約は,株式の売買に関する契約であり,民法の売買の規律や契約総論に関する規律等の適用があるものと考えられます。他方で,株式譲渡契約書については,その重要性に鑑み,通常の取引契約に比して詳細な定めが置かれる場合が少なくありません。特に,デュー・デリジェンスが行われた上で,会社間で交渉される場合には,株式譲渡契約書において,極めて詳細なおかれる場合が多いものと考えられます。
株式譲渡契約書に詳細な定めがおかれている実務を踏まえれば,民法改正が株式譲渡契約に与える影響は限定的であると考えられます。他方で,民法の規律が変わったことに伴い,株式譲渡契約書のドラフティングにおいて留意すべき事項も一定程度,存在します。
そこで,以下においては,特に民法改正の受ける可能性がある表明・保証条項,補償条項及び解除条項について,株式譲渡契約書をめぐる実務を踏まえて説明を行います。
3.表明保証の法的性質と民法改正
(1)表明保証とは
表明保証とは,契約の一方当事者が他方当事者に対し,一定の事項が真実かつ正確であることを保証することを言います。株式譲渡契約においては,売主が,売主及び対象会社に関する各種事項について表明保証をした上で,買主において,①当該表明保証の内容が真実であることを取引の前提条件とし,また,②事後的に(売主が)表明保証をした内容が真実でないことが明らかになった場合には,表明保証違反を理由とした補償請求を行うことが,契約書において定められていることが一般的です。
【条項例】
第X条(表明及び保証) 1.売主は,買主に対し,本締結日及びクロージング日において,別紙●記載の各事項が真実かつ正確であることを表明し,保証する。 2.買主は,売主に対し,本締結日及びクロージング日において,別紙●記載の各事項が真実かつ正確であることを表明し,保証する。
第Y条(買主の義務の前提条件) 買主は,クロージング日において以下の各号の事由が全て充足されていることを前提条件として,第●条に定める買主の義務を履行する。なお,買主は,その任意の裁量により,かかる前提条件の全部又は一部を放棄することができる。 (1) 第X条第1項に定める売主の表明及び保証が,いずれも重要な点において真実かつ正確であること。 [略]
第Z条(補償等) 1.売主は,本契約に基づく売主の義務の違反又は第X条第1項に定める売主の表明及び保証の違反に起因又は関連して,買主が損害,損失又は費用を被った場合,買主に対し,かかる損害等を賠償,補填又は補償する [略] |
(2)表明保証の法的資質と瑕疵担保責任の関係
表明保証の法的性質について,一般的には,一定の事由が生じた場合に,相手方に生じた損害を担保する旨の当事者間の合意がなされた損害担保契約であると解されています。
改正前民法においては,売買の目的物に隠れた瑕疵がある場合に,売主は瑕疵担保責任を負うとされていました(改正前民法570条・566条)。
表明保証と瑕疵担保責任との関係について,表明保証は,その範囲が売買の目的物である株式の内容に限定されず,瑕疵担保責任に関する法律上の権利行使期間の制限を及ぼすべきではなく,加えて,補償の範囲についても信頼利益の範囲に限定されるべきでないことから,改正前民法の瑕疵担保責任とは異なるものであると解されていました。
実務上も,表明保証の範囲や補償の期間・金額等について,契約当事者の交渉によって定められることが多く,このような実務の実態も踏まえれば,表明保証は(改正前民法の)瑕疵担保責任とは異なると考えるのが妥当でしょう。
(3)民法改正の影響
民法改正により,売買の目的物に関する瑕疵担保責任について,いわゆる契約責任説が採用され,売主は,目的物が「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しない」場合に責任を負うことが明記されました(民法562条)。そこで,改正民法と表明保証条項の関係が問題となります。
この点,民法改正により,売買に基づく瑕疵担保責任が債務不履行責任であると整理されたことに伴い,売主の負う損害賠償の範囲は信頼利益の範囲に限定されず,履行利益をも含むことになりました。その意味では,表明保証の法的性質に近付いたと評価することは可能です。しかしながら,契約不適合に基づく損害賠償については売主の帰責事由が必要であると解されるのに対し,表明保証に基づく補償は一般に売主の帰責性が要件とされないとの差異があります。
したがって,民法改正後も,改正前民法と同様に,表明保証は,民法上の瑕疵担保責任とは法的性質が異なると解されるものと考えられます。
他方で,上記のとおり,民法改正によって,民法における瑕疵担保責任と表明保証の法的性質が近付いたことに伴い,株式譲渡契約について,万一,事後的に紛争が生じた場合には,民法の規定が類推適用される可能性は否定できません。
株式譲渡契約書においては,上記の法的差異を前提としつつも,救済手段について限定する条項を置く等の対応を行うことが考えられます。
4.表明保証と錯誤
(1)錯誤に関する民法改正
改正前民法においては,動機の錯誤について,判例によって,動機が表示されて,意思表示の内容となった場合にのみ,表意者は錯誤無効を主張できると解されていました。
民法改正においては,錯誤の法的効果について,従来「無効」とされていたものを「取消し」へと変更しました(民法95条1項)。また,動機の錯誤について明文化するとともに,「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り」取消しを主張できることとなりました(同条2項)。
(2)表明保証違反と錯誤取消し
それでは,株式譲渡契約において,売主の表明保証違反があった場合に,動機の錯誤があったとして,買主は取消しの主張をすることができるでしょうか。
この点,改正前民法においては,①表明保証の真実性はクロージング前の契約解除及び補償請求を基礎づけるにすぎず,クロージング後に法律関係の巻き戻しを基礎づけるものでないこと,②瑕疵担保責任と錯誤の両方が主張できる場合には,瑕疵担保責任を優先適用すべきとする学説を前提として,表明保証違反と錯誤についても,表明保証違反に基づく補償請求が優先すべきであることから,買主による錯誤無効の主張は認められないと考えられていました。
(3)民法改正の影響
上記のような考え方は,民法改正後の錯誤の規程を前提とした場合であっても異なるものではありません。また,民法改正によって,動機の錯誤に関する要件について明文化がされたものの,動機の錯誤の要件や内容について,実質的に変更されることが意図されているものではないと考えられます。
したがって,民法改正後においても,クロージング後に,買主が表明保証違反を理由とした錯誤取消しの主張はできないものと解されます。
ただし,事後的な紛争を防ぐ観点から,上記(3(3)ご参照)のとおり,株式譲渡契約書においては,救済手段について限定する条項を置く等の対応を行うべきでしょう。
5.補償請求と消滅時効に関する民法改正
(1)消滅時効に関する民法改正
改正前民法においては,債権の消滅時効について,「権利を行使することができる時」から10年とされ(改正前民法166条1項、167条1項),他方で,商行為によって生じた債権については,消滅時効期間が5年間とされていました(改正前商法522条)。
他方で,民法改正により,消滅時効の起算点は,「権利を行使することができることを知った時」(主観的起算点)と,「権利を行使することができる時」(客観的起算点)へと分けられ,消滅時効期間について,主観的起算点から5年,又は客観的起算から10年,とされました(民法166条1項)。また,商事消滅時効について,廃止されました。
(2)株式譲渡契約と補償請求
株式譲渡契約書においては,一般的に,相手方の義務違反又は表明保証違反がある場合に補償請求を行う旨の条項がおかれます。また,実務においては,当事者の交渉によって,補償請求の範囲について,補償額の上限ないし下限が設定される場合や補償請求を行使する期間の制限について,定められる場合が少なくありません。補償請求を行使する期間の制限について設ける場合は,1年から3年程度の期間が定められることが多く,他方で,基本的な事項や租税等については期間制限の除外事由とする場合や,より長期の期間の設定をする場合もあります。
また,デュー・デリジェンスの結果,重大な訴訟が係属中である場合や未払残業代のリスクがある場合などの潜在的債務が認められる場合等で株式の譲渡価格に反映することが困難なものについては,特別補償の条項がおかれることもあります。
(3)民法改正の影響
株式譲渡契約に基づく補償請求について,株式譲渡契約書において,補償請求の行使期間が設定されている場合には,当該合意は原則として有効であると考えられます。なお,改正前民法においては,商事消滅時効との関係で,5年を超える補償請求の有効性(例えば,租税に関する表明保証違反に関する補償請求の行使期間を7年とする場合等)について争いがありましたが,民法改正により,商事消滅時効は廃止されたため,商行為によって生じた債権であっても,客観的起算点からの消滅時効は一律に10年となりますので,今後は有効性について問題となる場面はより限定されるものと考えられます。
他方で,補償期間の期間制限がない場合や,長期の補償期間が設定されている場合に,民法との関係が問題となります。特に,民法改正により,主観的起算点に関する消滅時効の定めが設けられたことから「権利を行使することができることを知った時」の解釈が問題となり得ます。例えば,環境に関する表明保証について,土壌汚染等があったことが,クロージングから相当期間経ってなされた検査によってはじめて明らかになった場合等においては,主観的起算点は,土壌汚染等があったことを買主が知った時となる可能性があります。
そこで,民法改正後においては,補償請求の行使期間やその起算点に留意をした上で,株式譲渡契約書のドラフティングにあたる必要があるものと考えられます。
6.株式譲渡契約の解除と法定解除権に関する民法改正
(1)法定解除権に関する民法改正
改正前民法においては,債務者の帰責事由が法定解除の要件とされていました。他方で,債権者が契約関係からの離脱を望む場合にまで債務者の帰責事由を解除の要件として,契約の拘束力から解放されるのを認めないのは妥当でないことから,民法改正により,債務者の帰責事由は法定解除の要件とされなくなりました。ただし,「その契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるとき」には契約の解除は認められません(民法541条ただし書)。
(2)民法改正の影響
株式譲渡契約においては,解除事由について,契約において限定的に定めることが一般的です。
【条項例】
第W条(解除) 1.買主は,以下の各号に定める事項のうちいずれかの事項が発生した場合には,クロージング前に限り,売主に対して書面で通知することにより,本契約を解除することができる。 (1)第X条第1項に定める売主の表明及び保証に重要な点で違反があった場合 (2)売主に本契約に基づく義務につき重大な不履行又は違反があった場合であって,当該違反の是正が不可能なとき又は書面による催告後14日を経過しても当該違反が是正されないとき (3)売主につき法的倒産手続の開始の申立てがなされた場合 |
そのうち,契約上の義務について不履行ないし違反があった場合については,「重大な」場合に限定されるか否かによって,契約を解除できるか否かの解釈が異なる可能性があります。そこで,株式譲渡契約書のドラフティングにあたっては,救済手段について限定する条項を置く等の対応を行うほか,解除事由として特定の事由が想定されている場合には,その場合を契約書に明記するなどの工夫を行うことが考えられます。
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