M&P Legal Note 2020 No.8-3
中国における新型コロナウイルスに関わる法律問題(4)
――最高人民法院の審判指針・その二――
2020年5月29日
松田綜合法律事務所
中国弁護士 徐 瑞静
*本ニュースレターは2020年5月29日現在の情報に基づいております。
はじめに
最高人民法院は、去る4月20日における新型コロナウイルスに関する民事事件の審判指針である「法律に基づき適切に新型コロナウイルスに関わる民事事件を審理する若干問題に関する指導意見」の公布後、それに続いて、5月15日、同指導意見(二)(以下「意見二」という)を公布しました。
「意見二」は、疫病から大きな影響を受けた売買契約、不動産賃貸借契約、金融契約、医療保険及び企業破産などの案件に種類を絞り、23箇条の具体的な指導意見を明らかにしています。以下においては、それらの指導意見の内容を要約したいと思います。
1、「意見二」の主旨
「意見二」の主旨は、次のように集約することができます。
第一に、服務の保障及び安定の確保に重点を置き、破産更生及び破産和解において、善意的かつ文明的な理念を通じて、企業における債務危機を解消し、市場主体を守ること。
第二に、法により売買契約紛争事件を審理し、産業及び供給を保護すること。
第三に、法により教育及び医療保険契約の紛争を審理し、民生のニーズに応えること。
第四に、国が疫病発生期間中に打ち出した一連の企業及び個人の優遇政策を効果的に貫
徹し、もって、経済及び社会の発展を保障すること。
2、契約案件の審理について
「意見二」は、生起する諸問題の実態に着目し、契約内容の特徴に応じて、「意見(二)」第1項目から第9項目までの審判指針を設定しています。とりわけ、疫病の大きな影響が広範囲に及んでいて、かつ、処理が困難であり、社会的関心の高い売買契約、不動産賃貸借契約、教育や金融借入契約などのいくつかの典型的な契約紛争事例が取り上げられ、それらの契約の変更、解除、違約責任の減免等に関して、審理指針として具体的な操作解決案が定められています。以下においては、それらの注目される問題点を中心として言及します。
(1)社会の関心事例
始めに、社会一般の事例として、例えば、次のような問題が頻発しています。まず、コロナウイルスの影響で、一部の企業が契約を予定通りに履行できない場合において、その債務不履行の責任の如何、また、疫病の期間中は商売がないため、経営型の不動産賃貸借契約の解除の可否、さらに、学生が「通学式」から「オンライン式」の遠隔授業に変更されたことを理由として、前納した教育費の返還請求の可否、そして、未成年者が有料ネットゲームに夢中になり、高額な費用が発生した場合の処理の如何等が挙げられます。これらの社会一般の関心事について、最高人民法院が典型事例におけるその司法政策を発表することにより、疫病事件の処理に関わる裁判基準の統一が可能となり、社会生活における司法判断に対する合理的な予測が導かれています。
(2)飲食業について
飲食業などのサービス業が直面する問題として、経営できなくなることのほか、顧客や売上が減少したことに起因する家賃の支払いに関する問題があります。その問題について、「意見二」は、まず、疫病と疫病の予防対策は不可抗力に属するものであり、賃貸借契約紛争の処理に際し、民法総則第180条、契約法第117条の不可抗力に関する規定を適用することとし、加えて、国と地方政府が打ち出した一連の優遇政策を徹底的に実行することが明らかにされています(第1項目乃至第4項目)。
(3)オンライン教育及び有料ゲームについて
また、にわかに広く注目されるようになったオンライン教育に起因する問題、及び、未成年者におけるネット有料ゲームに関わるトラブルについて、「意見二」は、次のように詳細に定めています。
まず、オンライン授業との関連においては、教育課程の履行期限の変更等をもって契約の目的を達成することの可否の如何に従い、契約を継続履行または解除することができるものとされ、また、前納された教育費は、契約の履行状況の如何により、全額または相応額を差し引いて返金することになります(第8項目)。
一方、未成年者がその保護者の同意を得ずにネット有料ゲームに興じたり、またはネット中継プラットフォームの「賞金付与」の方式に参加して、その年齢、知力、財力に相応しない金員を支出して、保護者がネットサービスプロバイダーから当該金員の返還を請求する場合について、人民法院は保護者の返還請求を支持することになります(第9項目)。
このように、「意見二」の姿勢としては、総じて、取引を奨励することを基本としたうえで、契約解除の制度については慎重に配慮し、契約を通じて、できるだけ当事者間の利益の均衡を図ろうとしていることが窺われます。
3、金融案件の審理について
疫病予防・抑制期間における国家金融支援政策の着地実施を確実に保障するため、「意見二」は、第10項目から第16項目に、金融案件の取扱いに関する審判基準を置いています。それらのうち、ここにおいて、とくに注目されるのは、次の2つ問題についてです。
(1)借入利息の保護について
金融機関が徴収した利息、または、各種の名目をもって徴収した利息が、疫病に鑑みて、国家政策に規定された特別優遇利率基準を超えた場合におけるその超過分に対する請求権について、「意見二」は、人民法院は支持しないことを明らかにしています(第10項目)。
(2)各金融サービスの保障について
また、金融機関が政策に違反して主張した借金の早期満期、一方的な契約解除などの訴訟請求についても、「意見二」は、人民法院はそれを支持しないことを明らかにしています(第10項目)。
さらに、中国証券市場において、疫病の影響で発生する可能性がある株式の質権設定や融資をめぐる紛争に関しては、証券会社が規則を違反して強制的に市場における取引を停止することにより、取引先の損失が拡大される結果が導かれた場合について、「意見二」は、証券会社が取引先に対して賠償責任を負担するものとしています(第11項目、第12項目)。
4、企業破産案件の審理について
「意見二」第17項目から第23項目においては、疫病抑制期間における各審級人民法院の企業破産救済の理念が際立っていることが看取されます。疫病の発生状況が、企業、特に中小企業に与える影響を念頭において、企業の運営や関連主体の合法的権益の保護、及び、苦境に立つ企業に対する救済力を強化して企業経営を安定させ、もって、経済社会全体の安定及び発展に寄与することが求められ(第17項目、第18項目)、疫病抑制期間における企業破産案件の審理については、執行手続と破産手続との連携の強化を求めて、個々の執行案件が企業の生産経営に影響を与えたり、苦境企業の救済を遅延させることのないよう、破産更生や和解制度の存在意義について十分に留意が払われ、困窮する企業を効果的に保護し、救済するための具体的な審判基準が定められています(第19項目、第20項目)。
5、終わりに
最高人民法院は、上述のような疫病への真摯な対応と同時に、全国人民代表大会常務委員会の授権により、本年1月15日から正式に民事訴訟手続の繁簡分流改革試行業務を開始して、案件の繁簡分流、軽重分離、快速遅滞分離を推進していますが、とくに、疫病抑制期間における特異性にも配慮された司法実務を通じて、その業務の成果が実感される結果がもたらされているように見られます。調査によれば、今年の第1四半期には、各試行法院のオンライン立案率は36.8%、オンライン裁判の適用率は30.7%に達しており、また、裁判の平均時間は33.1分、事件の平均審理期間は31.9日であり、そして、二審における判決の変更率は0.8%に過ぎません。そのようなデータを見る限り、ひとまず、人民法院における裁判の質は向上傾向にあるということになるように思われます。
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