M&P Legal Note 2020 No.12-2
中国の「信頼できないエンティティリスト規定」
2020年11月1日
松田綜合法律事務所
中国弁護士 徐 瑞静
はじめに
1、はじめに
本年9月19日、中国商務部は、「信頼できないエンティティリスト規定」(商務部令2020年第4号、以下、「規定」という。)を公布し、同日、実施されました。「規定」が公布された後、それについて、国内外のメディアが次々と報道し、世間の関心が高まったため、商務部は、記者からの「規定」に関わる質問に対して、次のように答えました。
(1) 「規定」がアメリカの措置(ファーウェイ、WeChat、TikTok等)に対する対抗措置であるかについて
中国政府においては、「規定」の制定の前駆的措置として、まず、2019年5月、「信頼できないエンティティリスト制度」の創設を発表しました。その後、⽴法手順に従い、関連⽴法の整備を推進し、1年余りの間に、研究、論証、意見聴取を重ね、「規定」を完成しました。中国政府によれば、「規定」は、特定の国や特定の外国企業、組織、個人を想定するものではないと回答されています。また、中国政府は、「規定」が効果的に商事営業の環境を守る制度であり、市場化、法治化、国際化における事業者の好ましい環境の構築を目的とし、市場における主体の合法的権益を保護に努めるものであると説明されています。それと同時に、「規定」に規定された違法行為に対し、中国政府は必要な措置を執る権利を有するものであり、その権利は諸国に普遍的であり、良好な商業環境を作るために必要な措置であると表明されました。
(2) 「規定」の趣旨について
商務部は、「規定」の趣旨として、次の3点を強調しました。
第一に、中国政府における多国間主義を堅持する⽴場に変更はないということです。習近平総書記は、「中国はあくまでも多国間主義を支持し、多国間主義を実践し、開放、協力、ウィンウィン精神をもって、世界各国と共に発展を図ること」を強調しました。
第二に、中国政府が、今後も経済改革を深化させ、開放政策を拡大する⽴場を堅持するということです。改革開放は中国の基本的国策であり、中国の発展を推進する根本的な動力となっています。例えば、「外商投資法」及びその実施条例、並びに「営商環境の最適化条例」は、いずれも本年1月から実施されており、これらの法令は、中国側の確固たる拡大と開放の明確な証左となっています。中国の開放の窓口が拡大されることにより、開放の分野は広くなり、開放の水準も高くなります。これにより、中国は各国の投資家と経済発展の機会を共有することができることになります。
第三に、中国政府が各種市場主体(法人、その他の組織、自然人)の合法的権益を保護する⽴場にも変更はないということです。「規定」は、中国の法律に違反する外国企業、組織、個人に対して規制するに止まるものであり、従って、その影響も極めて少数の市場ルールを破壊するに過ぎず、信用と法律を遵守する外国企業においては、「規定」における規制について憂慮する必要はないことが指摘されています。同時に、中国は、絶えず、各種市場主体を保護する関連法の整備に努めて、その保護力を高めており、各種市場主体の財産及び人身の合法的な権利の保護を強化するため、例えば、本年における「⺠法典」の公布をはじめ、「商標法」、「著作権法」、「特許法」の改正を推進し、知的財産権の保護を強化する等、可及的な法的補償の担保が図られています。
2、「規定」の規制範囲
今回公布された「規定」は、「中華人民共和国対外貿易法」及び「中華人民共和国国家安全法」等を含む上位法に基づいて制定されたものであり、国際貿易分野において、国家の安全を守るための有効な措置と見做すことができます。僅か14か条をもって、「規定」は、中国が対外貿易の分野において国家の安全を守るという決意を表明したものと見られ、中国の対外貿易にも大きな影響を与えることになります。
「規定」中の注目されるべき規定として第10条が挙げられます。すなわち、同条は、従事することを禁止する活動について、輸出入、出入国、投資、滞在就労等を含むものとしており、これは、既成法上の「輸出管制」の範囲をはるかに超えて、輸出ないし輸入、国外ないし国内の関連取引において発生する活動に至るまで徹底されています。そして、「規定」の核心となる「取引」の定義においては、貨物やサービスの内容の如何にかかわらず、「取引」に属するものであるならば、同一の原則と同一の手順で管理されることとなり、いかなる例外も免除も認められません。このように、「規定」は、国家の安全を維持する領域につき、国境を越えた取引にまで広げていることが看取されることから、外国企業は中国との取引行為において細心の注意を払わなければなりません。
3、「規定」の適用の対象
「規定」第2条第2項において、「規定」の適用の対象は、外国企業、その他の組織、個人です。規制の対象は行政法規の核心的要素であり、犯罪構成における行為主体と同様に捉えられます。この点について、「規定」においては相当に広く想定されています。確かに、行政機関の対外貿易の分野における法律の執行及び国家安全に関する先例に鑑みれば、厳しく掌握されることになるように思われます。果たして、外国企業の中国子会社、支社、事務所は中国企業と見做すべきか、それとも、外国企業と見做すべきか、また、海外親会社がそれらをリストに掲載した場合、グループ内の関連取引については許可を申請する必要があるか等の問題が提示されることになります。逆に、中国国内企業が海外に設立した子会社は外国企業として管轄されるか、子会社が関連規定に違反したら、処罰範囲に含まれることになるか等の疑問があります。これらの問題に対しては、主管機関が今後における事例の蓄積を見極めて、相応の細則と解釈を公表するものと思われます。
4、リストの掲載から外すための救済措置
「信頼できないエンティティリスト」に掲載するか否かの調査が開始されると、次の3つの可能性が生じます。すなわち、その1つは、外国企業、その他の組織、個人が「信頼できないエンティティリスト」に掲載される場合であり、その場合には、それに対する管制措置が採られることになります。もう1つは、外国企業等が「信頼できないエンティティリスト」に掲載されるべきではないと認定される場合であり、その場合には、それは法律に基づいて取引を続けることができます。さらに、もう1つは、調査が中止される場合です。この場合には、外国企業、その他の組織、個人は、措置保留の状態に留まることになり、また、「規定」には、保留状態についての期限が設定されておらず、かつ、調査を再開する法定要件が「事実に重大な変化が生じた」こととされているため、不確実性に晒されることになります。
しかし、同時に、「規定」は、リストに掲載された外国企業等に対し、3種類の救済ルートを提供しています。第一に、是正期限を与えられ、期限が過ぎてもなお改めない場合に、リストに掲載されることになります。このような措置は、中国の行政執行においてよく使われるものです。第二に、例外の許可が実施される可能性が認められています。リストに記載された企業が特殊な状況にある場合には、許可を申請したうえで取引を展開することができる機会があります。なお、「規定」には、特殊な状況につき、具体的には明記されていませんが、国際関係の維持、重大な疫病への対応、国家経済と人民生活の保護、重大なプロジェクトの実施等が例外的な許可の根拠となる可能性があります。第三に、リストから外すことを申請することです。ただし、リストから外すことについて、「規定」は明確な制限規定を設けています。すなわち、外国企業が是正期限内にその行為を改め、法定基準に達した場合に限り、リストから外されることになります。
5、「工作メカニズム」の概念
「規定」は、初めて、「工作メカニズム」という概念を打ち出し、行政機関が独立して行政執行行為を行うという伝統を打破しました。「規定」第4条から見れば、「国家は、中央国家機関の関係部門が参加する工作メカニズムを確立し、エンティティリスト制度の組織実施に責任を負う。工作メカニズム事務室は国務院商務主管部門に設置される。」ということが分かります。すなわち、立案から調査、決定から処罰、受理許可から免除まで、工作メカニズムによって実施します。「規定」第10条の内容からは、関連する法の執行が工作メカニズムによって決定され、下記の括弧内の担当部門が、当該決定及び措置を執る方式に参与し、関連執行活動を展開する可能性があります。
(1)中国関連の輸出入活動を制限または禁止する場合(商務部、税関)
(2)中国国内での投資を制限または禁止する場合(商務部、人民銀行、為替管理局、市場監督管理局)
(3)その関係者の入国、交通運輸工具の搬入等を制限または禁止する場合(公安部、税関、海事局)
(4)その関係者の中国国内での勤務を許可し、滞在若しくは居留資格を制限または取消す場合(公安部、外交部、人社部)
(5)情状の軽重に応じて相応額の罰金を課す場合(商務部、市場監督管理局)
(6)その他必要な措置を執る場合(その他関係部門)
以上の措置は、単独で実行することも、複数の措置を執ることもできます。1つまたはいくつかの措置の選択は、外国企業が「規定」に違反する具体的な状況、及び、いずれの措置が最も適合性があるかによって大きく左右されます。中国の行政機関の法律執行部門が、状況により、「寛猛相済う」の処理原則に則り、将来の調査対象者に対し、「是正期限」条項を大幅に適用することが推測されます。
6、小結
長い間、中国は、対外開放の拡大と良好なビジネス環境の構築を堅持してきました。しかし、その一方、国際環境が不確実性に満ちている現在、国家の安全と利益を損なう外国企業、組織、個人は、厳しい法の執行の対象となります。とりわけ、中国の貿易管制や経済制裁に関わる法の合理性等の問題は、中国における企業の渉外法務にとって、喫緊の課題であることに疑いの余地はありません。
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