Legal Note

リーガルノート

2020.09.11

2019-2-1 株式会社設立時における「実質的支配者」申告制度の導入

M&P Legal Note 2019 No.2-1

株式会社設立時における「実質的支配者」申告制度の導入

2019年2月26日
松田綜合法律事務所
弁護士 水谷 嘉伸
パラリーガル 井上 真由美

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第1 はじめに

日本において会社を設立する場合、会社の定款を作成すること(会社法26条等)からスタートしますが、会社法上、株式会社の場合にはその定款が真正に作成され内容が適法であることを確保するため、公証人による定款認証を受けること(=公証人が正当な手続きにより定款が作成されたことを証明すること)が必要になります(同法30条1項)。

その定款認証手続に関して、昨年、公証人法の施行規則を改正する省令(「公証人法施行規則の一部を改正する省令」)(以下「改正省令」といいます。)が公布・施行され、2018年11月30日以降に行われる株式会社の設立時の定款にかかる公証人による認証手続において、設立される株式会社の「実質的支配者」を公証人に対して申告させる制度が導入されました。

かかる改正は、株式会社の設立実務に関する実質的な変更であり、会社を設立するにあたり必要となる書類や設立スケジュールにも影響を与えうる重要な改正であると考えられます。

そこで、本稿では、改正省令によって導入された「実質的支配者」の申告制度について説明したうえで、今後の課題について触れます。

なお、改正省令は、株式会社のみならず、一般社団法人及び一般財団法人の設立時の定款認証手続きも対象としていますが、本稿では最も利用されており設立件数が多い株式会社に焦点を絞って解説します。

第2「実質的支配者」申告制度について

1 概要

改正省令では、公証人が株式会社の定款認証を行う場合、公証人は、嘱託人に、次の2つの事項を申告させるものとしています(公証人法施行規則13条の4第1項)。

一  株式会社の成立の時にその実質的支配者となるべき者の氏名、住居及び生年月日

二  実質的支配者となるべき者が暴力団員又は国際テロリストに該当するか否か

ここで「嘱託人」とは、公証人に定款認証の嘱託(≒依頼)をする者であり、発起人自ら定款を作成する場合には発起人であり、弁護士又は司法書士等が代理作成する場合には、当該弁護士又は司法書士等を指します。

従って、発起人又は定款を代理作成する弁護士若しくは司法書士等が上記2つの事項を公証人に申告することが必要となります。

従前、株式会社を設立する際、嘱託人は、定款のドラフトと本人確認書類を公証役場に提出し、公証人のチェックを経たうえで、定款の認証を受けていましたが、今後はこれに、上記2つの事項にかかる申告を含む申告書及び添付書類(後述)を提出し、そのチェックを受ける手続きが加わることになります。

2 実質的支配者

改正省令の定める「実質的支配者」は、いわゆるマネーロンダリングを規制する「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(以下「犯収法」といいます。)に定める実質的支配者の定義を引用しており(同法4条1項4号、同施行規則11条2項から4項)、引用する犯収法施行規則の条文は難解ですが、株式会社について整理すると以下のとおりになります。

  • 設立する株式会社の議決権の総数の2分の1を超える議決権を直接又は間接に有している自然人がいる場合はその自然人[1]
  • 上記①の自然人がいない場合で、設立する株式会社の議決権の総数の4分の1を超える議決権を直接又は間接に有している自然人がいる場合はその自然人[2]
  • 上記①②の自然人がいない場合で、出資、融資、取引その他の関係を通じて、設立する株式会社の事業活動に支配的な影響力を有すると認められる自然人がいる場合はその自然人
  • 上記①②③の自然人がいない場合は、設立する株式会社を代表し、その業務を執行する自然人

※上記①②における議決権保有割合の判定は、自然人が直接に有する設立する株式会社の議決権の(直接)保有割合と当該自然人の支配法人[3]が有する設立する株式会社の議決権の(間接)保有割合とを合計した割合により行います。

上記のとおり、実質的支配者として「自然人」を特定する必要があるため、発起人が法人である場合にはその法人の所有者、その所有者も法人である場合には更にその法人の所有者、といったように所有者を遡っていく必要があるため、発起人の状況によっては実質的支配者の特定に苦慮することも想定されます。特に、発起人が外国法人である場合には、相応の時間と労力を要することも多くなるように思われます。

ただし、「国等」及び「その子会社」は上記の実質的支配者の判断にあたり「自然人とみなす」(犯収法施行規則11条4項、同法4条5項、同施行令14条、同施行規則18条)とされているところ、「国等」には上場企業等も含まれていますので(同施行令14条5号)、例えば、発起人やその所有者に上場企業又はその子会社が含まれており、上記①から③のいずれかの基準に該当する場合には、当該上場企業又は子会社が自然人とみなされ、実質的支配者と特定されることになることから、それ以上に所有者を遡って調査する必要はないことになります。

申告をする嘱託人は、上記により特定される設立する株式会社の実質的支配者にかかる事項について、公証人に申告を行うことになります。

3 暴力団員又は国際テロリスト

改正省令の定める「暴力団員」は、集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体の構成員であり(公証人法施行規則13条の4第1項第2号、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律2条6号、同2号)、都道府県の公安委員会が指定・公表している指定暴力団に限られません。

また、「国際テロリスト」は、国際連合安全保障理事会決議第1267号等を踏まえ我が国が実施する国際テロリストの財産の凍結等に関する特別措置法3条1項又は4条1項の規定により公告・指定されている者であり(公証人法施行規則13条の4第1項第2号)、いずれも国家公安委員会告示により公表されています(https://www.npa.go.jp/bureau/security/terrorism/zaisantouketu.html)。

申告をする嘱託人は、設立する株式会社の実質的支配者にかかる上記「暴力団員」又は「国際テロリスト」への該当性の有無について、公証人に申告を行うことになります。

4 申告手続き

まず、改正省令に定める申告事項は、上記2にて説明した実質的支配者にかかる「氏名」「住居」「生年月日」(以下「本人特定事項」といいます。)です(公証人法施行規則13条の4第1項第1号)。

この点、申告書のフォームは、日本公証人連合会のウェブサイトにて公開されているところ(http://www.koshonin.gr.jp/business/b07_4#newteikan)、そのフォームには、本人特定事項に加えて、「国籍等」「性別」を記載する欄が設けられていますが、立法担当者は、これらは公証人が類型的に暴力団員等への該当性の判断に資する情報について嘱託拒否事由(公証人法26条)の有無の判断を適正かつ迅速に行う観点から設けられている旨説明しています[4]

加えて、申告の際には、その者が実質的支配者に該当する根拠資料[5]及び実質的支配者の本人特定事項等が明らかになる資料[6]を添付することが求められています。

従って、株式会社の発起人又は定款を代理作成する弁護士若しくは司法書士等は、かかるフォームに従い、求められている事項を記入し、必要な資料を添付したうえで、公証人に提出し、申告を行うことになります。

かかる申告を行うべき時期については、日本公証人連合会のウェブサイトでは、定款案の点検を公証人に依頼する際に併せて申告を行うことを要請しています[7]。公証人は、嘱託人の申告に基づいて申告された実質的支配者が暴力団員又は国際テロリストに該当しないか審査することになり、かかる審査をクリアしない限り、公証人による定款認証は行われないことから、実際上も、設立スケジュールに支障を来さないように定款認証の予定日より前に余裕をもって申告することが適切であると考えられます[8]。特に、実質的支配者が外国の自然人又は法人となる場合には、公証人による審査に通常より長い時間を要することも想定されますので留意が必要です。

そして、公証人による審査の結果、実質的支配者が、暴力団員又は国際テロリストに該当し、又は該当するおそれがあると認められるときは、公証人は、嘱託人又は当該実質的支配者となるべき者に必要な説明をさせる必要があります(公証人法施行規則13条の4第2項)。説明を受けてもなお疑念が残る場合には、公証人は定款認証を拒否することになると考えられます。

他方で、公証人による審査をクリアし、実質的支配者が暴力団員又は国際テロリストに該当しないと認められる場合には、公証人が定款を認証し、認証文言の中に「嘱託人は、本職に対し、設立される法人の実質的支配者となるべき者が○○である旨及び同人が暴力団員等でない旨を申告した。」旨の文言が付加されることになります。

第3 今後の課題

今回の改正は、マネーロンダリング対策における国際協調を推進する政府間会合であるFATF(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)の第4次対日相互審査が今年から開始される中で、前回(2008年)の第3次審査において日本が「Non-Compliant(不履行)」という低い評価を受けた「法人の実質的支配者情報の把握及びその情報への権限ある当局によるアクセスの確保」にかかる項目(2012年改訂FATF勧告24)について、実施された取組と位置づけられるものです。

しかし、①実質的支配者の申告・審査は会社設立時のみに要求され、設立後の変更は一切規制対象とされていないこと、②対象となる法人が株式会社、一般社団法人及び一般財団法人に限定されており、会社法上の合同会社等他の法人の設立時には規制が及ばないこと、等マネロン対策として十分といえるか疑問なしとしません[9]

また一方で、政府は、世界最高水準の起業環境を実現するために、法人設立手続のオンライン・ワンストップ化に向けた取組みを推進しており、「オンラインによる法人設立登記の24時間以内の処理」を2019年度中に実現し、定款認証については2018年度中に、一定の条件の下で、テレビ電話等による定款認証を行うことで、公証役場に出頭せずに定款認証を完了させることを可能にするとされています[10]。現在でも既に法人設立登記の優先処理(ファストトラック化)が図られおり、従前7日程度かかっていた処理期間が原則3日以内に短縮されています[11]。かかる迅速化の取組みとマネロン対策による規制の厳格化の要請とをいかに調整・両立させるのか、新しい法人設立手続きの制度全体の出来上がりについては現段階では明確になっていません[12]

従って、今後は、FATFの第4次対日相互審査の進捗や結果を注視するとともに、法人設立登記のオンライン・ワンストップ化の進展と導入内容についても注目していく必要があると考えられます。

 

<注>

[1] ただし、会社の事業経営を実質的に支配する意思又は能力を有していないことが明らかな場合は除かれるため、その場合は、②、③又は④によって実質的支配者が判断されます。

[2] ただし、会社の事業経営を実質的に支配する意思又は能力を有していないことが明らかな場合は除かれるため、その場合は、③又は④によって実質的支配者が判断されます。

[3] 当該自然人の「支配法人」とは、当該自然人がその総議決権数の2分の1を超える議決権を有する法人のことをいい、ある自然人がその支配法人を通じて総議決権数の2分の1を超える議決権を有する他の法人も、当該自然人の支配法人とみなされます(犯収法施行規則11条3項2号)。

[4] 竹下慶「『公証人法施行規則の一部を改正する省令』の解説」NBL1136号(2018)23頁

[5] 典型的には、議決権割合が明らかになる定款及び株主名簿が考えられます。

[6] 自然人の場合には、運転免許証、個人番号カード(マイナンバーカード)、在留カードの写し等、法人の場合には全部事項証明書及び印鑑証明書の原本又は写し等が考えられます。

[7] 「公証事務」の中の「7-4 定款認証」(http://www.koshonin.gr.jp/business/b07_4#newteikan)のうち「新たな定款認証制度」のQ9(実質的支配者となるべき者に関する申告は、いつまでに、どのような方法で行えばよいのですか。)参照。

[8] 公証人は共同で管理するシステムを利用して審査することになりますが、2019年2月18日付日本経済新聞朝刊(「リーガルの窓」)では、実質的支配者がデータ登録されている反社会的勢力の人物と同姓同名だった事例は制度導入から2カ月あまりで200件に達した旨報道されています。

[9] なお、①については、今回の改正に先立って法務省民事局長が立ち上げた有識者による「株式会社の不正使用防止のための公証人の活用に関する研究会」の議論のとりまとめにおいて、更なる方策として、「株式会社の設立後についても・・・公証人において,会社の実質的支配者を把握する取組を行うことができるよう,制度改善に努めることとすべきである。」旨記されている(平成30年2月27日法務省公表)。

[10] 未来投資戦略2018―「Society 5.0」「データ駆動型社会」への変革―(2018年6月15日閣議決定)51頁

[11] 2018年3月12日より、株式会社及び合同会社の設立登記についてかかる優先処理の運用(ファストトラック化)が実施されている(「登記・法人設立等関係手続の簡素化・迅速化に向けたアクションプラン」に基づく会社の設立登記の優先処理について(通達)」(平成30年2月8日付法務省民商第19号))。

[12] なお、「未来投資戦略2017」(平成29年6月9日閣議決定)を受けて設置された「法人設立手続オンライン・ワンストップ化検討会」の座長を務められた大杉謙一教授は、改正省令について反対の立場を表明されていました(2018年7月17日付おおすぎ Blog「『公証人法施行規則改正案』のパブコメに反対意見を提出しました」、2018年8月20日付日経電子版「起業阻害しない定款認証を」)。

 

 


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