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2020.09.11

2018-7-2 農山漁村滞在型旅行(農泊)における 住宅宿泊事業法(民泊新法)の活用

M&P Legal Note 2018 No.7-2

農山漁村滞在型旅行(農泊)における 住宅宿泊事業法(民泊新法)の活用

2018年9月1日
松田綜合法律事務所
弁護士 菅原清暁

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1    はじめに

第1 はじめに

農林水産省は、2017年度より、農山漁村滞在型旅行を「農泊」[1]と呼び、農山漁村の所得向上を実現するうえで重要な柱と位置づけて、農泊に取り組む組織や団体を整備・支援しています。

ところで、この農山漁村滞在型旅行とは、観光客を農山漁村に呼び込み、農山漁村において日本の伝統的な生活と地域の人々との交流を楽しみ、また、農家民宿や古民家を活用した多様な宿泊手段によりその土地の魅力を味わってもらうことをいいます。農泊に関連する体験としては、農山漁村に泊まることだけではなく(泊まる)、その地域の食材を味わうこと(味わう)、その地域の生産品を買うこと(買う)、農林漁業を体験すること(楽しむ)も含まれます。

このうち農泊の「泊まる」については、農林漁業者が事業として宿泊施設や食事を提供してその料金を得る場合、原則として、旅館業法の適用を受けることになります。このため、特区民泊[2]により旅館業法の適用が除外されない限り、旅館業法上「簡易宿所営業」の営業許可を要することになります。

なお、農山漁村滞在型余暇活動のための基盤整備の促進に関する法律(農山漁村余暇法)第2条5項に規定される農林漁業体験[3]を目的とした民宿(農林漁業体験民宿、いわゆる農家民宿)については、旅館業法やその他開業に関する各種法律において規制緩和が講じられています。

このような中、従来の旅館業法で定める営業形態(簡易宿所営業など)や特区民泊には当てはまらない新しい営業形態を規定する「住宅宿泊事業法」が2017年6月9日に成立し、2018年6月15日に施行されました。そして、同法の施行を受け、農泊の更なる促進が期待されます。

そこで、本稿では、農泊の新たな営業形態となりうる住宅宿泊事業法に基づく民泊営業について、その内容と特徴について概説いたします。

第2 住宅宿泊事業法(民泊新法)概要

 住宅宿泊事業法のポイント

住宅宿泊事業法(以下、「民泊新法」といいます。)において民泊を開業する場合のポイントは次のとおりです。

(1) 知事等への届出

民泊事業(住宅に人を宿泊させる事業)を行おうとする者は、都道府県知事への届出が必要になります。

届出をすることにより、旅館業法の適用が除外され、同法に基づく営業許可を得ずに民泊事業を営むことができるようになります。

「許可」ではなく「届出」で足りますので、この点で、旅館業法に基づく簡易宿所営業よりも、宿泊施設を提供するハードルが低いといえるでしょう。

(2) 人を宿泊させる日数の上限

民泊新法における民泊事業は、宿泊料を受けて届出住宅に人を宿泊させる日数が1年間で180日(泊)を超えない範囲でのみ行うことができます。

このため、180日(泊)を超えて観光客等に宿泊施設を提供したいと考える場合は、他の営業形態(簡易宿所、特区民泊)を検討する必要があります。逆に、田植えや稲刈りなど一定の時期に限り農作業体験を観光客に楽しんでもらいたいということであれば、民泊新法による民泊形態が適しているかもしれません。

宿泊日数の算定にあたっては、以下の点に留意する必要があります。

〇 日数は、毎年4月1日正午から翌年4月1日正午までの1年間の宿泊日数で計算され、正午から翌日正午までの期間が1日とされる

〇 複数の宿泊グループが同一日に宿泊していたとしても、同一の届出住宅における宿泊であれば、1日として算定

〇 宿泊事業者毎ではなく届出住宅毎に算定

〇 宿泊料を受けて届出住宅に人を宿泊させた実績があるのであれば、短期間の滞在であり日付を超えていない場合であっても一日として算定

なお、地域の実情を反映する仕組みとして、各地方自治体が条例で上限の日数を下げることができるものとされています。このため、民泊新法に基づく民泊の開業を検討する場合は、当該区域の条例で前記の180日(泊)という上限日数が下げられていないか確認することが重要です。

(3) 家主等の負う管理義務

民泊新法に基づく民泊には、家主居住型と家主不在型の2種類に分けられます。

家主居住型は、例えば、農家の方が自宅の空いている部屋に観光客を泊めてあげる場合など、家主が同じ住宅内に居住し住宅の一部を顧客に貸し出す民泊をいいます。他方、家主不在型は、例えば、空き家を宿泊施設として提供する場合など、家主が同じ住宅内におらず民泊施設を貸し出す民泊をいいます。

家主居住型の場合(ただし、居室の数が5室以上のものは除く)は、家主自身が住宅宿泊事業者として次の①~⑦の管理義務を自ら負います。

他方、家主不在型の場合または届出住宅の居室の数が5室を超える場合は、家主は民泊新法に基づく登録をした住宅宿泊管理業者に管理業務を委託しなければなりません。そして、その委託を受けた住宅宿泊管理業者が管理義務を負うことになります。

① 宿泊者の衛生の確保(民泊新法5条)

感染症等衛生上の配慮から、届出住宅の各居室の床面積は、宿泊者一人当たり3.3㎡以上(内寸面積)を確保しなければなりません。その他、定期的な清掃および換気を行うことや宿泊者が重篤な症状を引き起こす恐れのある感染症に罹患したときは保健所に通報することなどが義務付けられています。

② 宿泊者の安全の確保(民泊新法6条)

非常用照明器具の設置、避難経路の表示、火災その他の災害が発生した場合における宿泊者の安全の確保を図るための適切な措置を講じる必要があります。なお、家主同居型で宿泊室の床面積が50㎡以下の場合は、義務が緩和されます。

③ 外国人観光旅客である宿泊者の快適性及び利便性の確保(民泊新法7条)

外国人観光客である宿泊者に対し、届出住宅の設備の使用方法に関する外国語を用いた案内、移動のための交通手段に関する外国語を用いた情報提供、その他快適性及び利便性の確保を図るために必要な措置を講じなければならないものとされています。

④ 宿泊者名簿の備付け等(民泊新法8条)

民泊事業を行う者には、宿泊者の本人確認や宿泊者名簿の備え付けが義務付けられます。

宿泊名簿には、氏名、住所、職業、宿泊日のほか、外国人であるときは国籍と旅券番号を記載する必要があります。なお、宿泊者名簿については観光庁が運営する「minpaku~民泊制度ポータルサイト(観光庁)」の「民泊運営システム」[4]http://www.mlit.go.jp/kankocho/minpaku/business/system/regular_report.html)を利用して作成することができます。

⑤ 周辺地域の生活環境への悪影響の防止に関し必要な事項の説明(民泊新法9条)

民泊事業を行う者には、宿泊者に対し、騒音の防止やごみの処理、火災防止のために配慮すべき事項について、書面の備付けその他の適切な方法によって説明を行うことが義務付けられます。

⑥ 苦情等への対応(民泊新法10条)

民泊事業を行う者には、届出住宅の周辺住民からの苦情や問合せに対し、次のような適切かつ迅速な対応をすることが義務付けられます。

⑦ 届出住宅の標識の掲示(民泊新法13条)

民泊事業を行う者には、届出住宅ごとに、公衆の見やすい場所に、住宅宿泊事業者として届出済みであることを示す標識を掲示することが義務付けられています。

⑧ 都道府県知事への定期報告(民泊新法14条)

民泊事業を行う者は、届出住宅ごとに毎年偶数月の15日までに、その直前の2か月間について、届出住宅に人を宿泊させた日数や宿泊者数、延べ宿泊者数、国籍別の宿泊者数の内訳を、届出住宅の所在地を管轄する都道府県知事等に対して報告(定期報告)しなければなりません。なお、定期報告は原則として、観光庁が運営する「minpaku~民泊制度ポータルサイト(観光庁)」の「民泊制度運営システム」(http://www.mlit.go.jp/kankocho/minpaku/business/system/regular_report.html)を利用して行う必要があります。

2 都道府県知事等への届出方法

前述のとおり、住宅宿泊事業を営もうとする者は、予め、住宅の所在地を管轄する都道府県知事等に対して、「住宅宿泊事業届出書」を提出し、届け出る必要があります。

届出は、原則として「minpaku~民泊制度ポータルサイト(観光庁)」の「民泊制度運営システム」(http://www.mlit.go.jp/kankocho/minpaku/business/system/regulation.html)によって行うこととされています。

なお、1つの「住宅」については、1事業者による届出しかできないこととされています。また、届出は、住宅宿泊事業を営む住宅ごとに行う必要があります。

届出が受け付けられると、都道府県知事によって、速やかに届出番号が通知されます。

この届出番号は、住宅宿泊事業者の標識提示を行うために必要となります。届出番号の通知を受けた後、民泊事業を開始することができます。

3 農泊における民泊新法の意義

農泊において旅館業法に基づく簡易宿所営業を利用する場合、通常、営業許可の要件について免除等を受けるため、農山漁村余暇法第2条5項が定める「農林漁業体験民宿業」として営業することとなります。

具体的には、同法施行規則2条1号記載の農山漁業を楽しんでもらうためのプログラム(農作業の体験の指導、地域の農業又は農村の生活及び文化に関する知識の付与、農用地その他農業資源の案内など)を提供する必要があります。

しかし、民泊新法に基づく民泊であれば、上記のような制限を受けることなく、民泊を営業することが可能になります。

農山漁村を訪れる観光客によっては、宿泊施設側が企画するプログラム等に縛られることなく、自由に、気軽に、農山漁村地域を楽しむことを希望する人もいるかもしれません。

民泊新法による民泊は、このような観光客のニーズにこたえるための新たな営業形態として、重要な意義があると思われます。

また、宿泊施設を提供し観光客を農山漁村地域に呼び込みたいと思っているオーナーにとってみても、農山漁村を楽しんでもらうためのプログラムにこだわる必要がなくなるため、事業をはじめるハードルが下がり、結果として、例えば空き家などの遊休資産の活用の幅が広がるものと考えられます。そして、このように農山漁村地域の遊休資産が活用されることも、地域の活性化に大いに資するものと考えられます。

新たな営業形態である民泊新法の活用により、農山漁村地域において、観光客により多くの宿泊施設が提供され、日本の農山漁村地域を楽しんでもらう機会が増えることが期待されます。

第3 安心できる民泊を目指して

過疎高齢化が進み、空き家が増え続ける農山漁村にとって、農泊の促進は、地域のPRや農家の副収入につながるといえます。このため、民泊新法の施行を受けて、さらに農泊が推進されることが大いに期待されます。

ところで、農泊の推進にあたっては、観光客に対して魅力的で地域のPRにもつながる体験プログラムを立案することも重要ですが、それと同じくらい、多様な観光客が安心して過ごせる安全な環境を構築しておくことも重要だと思われます。

例えば、飲食を提供する場合には、アレルギーや宗教対応への配慮を欠かすことはできません。これを怠れば、人の生命を奪う深刻な事故・トラブルに至ります。

農業体験などについても、人体に危険な生物への注意喚起・対策、夏であれば熱中症などへの配慮、そのほか病気や怪我人が出た場合の緊急体制整備なども重要です。

このように安全な環境が整備され、日本と全く異なる文化、気候、地域からの多様な外国人の誰もが安心して過ごせる農林業体験宿泊施設が今後も数多く設置されること、これによって日本の農山漁村地域が活性化されることが期待されます。

 

[1] 「農泊」(登録番号第4721507号第43類農家による宿泊施設の提供)は、NPO法人安心院町グリーンツーリズム研究会会長宮田静一氏の登録商標であり、農林水産省は、この商標について専用使用権の設定を受けています(2018年6月26日登録済)。また、上記以外の「農泊」は、農林水産省の商標です(商標登録出願中。整理番号:商願2018-086421)。

[2] 特区民泊とは、国家戦略特別区域法に基づく旅館業法の特例制度を活用した民泊をいいます。旅館業法の適用が除外されるため、同法に基づく「簡易宿所営業」等の許可を得ることなく民泊を営業できます。

[3] 農山漁村滞在型余暇活動のための基盤整備の促進に関する法律施行規則第2条記載の役務に限られます。

[4] 民泊制度運営システムは、住宅宿泊事業者等が住宅宿泊事業法に基づく届出や申請、報告などの手続きを電子的に行うためのシステムです。


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