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リーガルノート

2020.09.11

2017-6-1 タタ・ドコモの合弁解消事件に関するデリー高裁の判断について

M&P Legal Note 2017 No.6-1

タタ・ドコモの合弁解消事件に関するデリー高裁の判断について

2017年7月30日
松田綜合法律事務所
弁護士 久保 達弘

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第1 はじめに

NTTドコモとタタの合弁解消事件に関して、2017年4月28日に、デリー高裁が判断を下し、ロンドン国際仲裁裁判所の裁定に基づく執行を承認しました。これにより、2014年から約3年に及ぶ両社の争いが、ようやく終結に向かっています。
以下では、本件の経緯をおさらいした上で、今後の実務に与える影響について分析しました。

第2 紛争の経緯

1.契約内容

2009年3月、NTTドコモがインドの財閥のタタ・グループ傘下のTata Teleservices Limited(TTSL)の株式26%を約2600億円で取得し、TTSLの既存株主であるタタ・サンズと株主間協定と締結しました(その後2011年に株主割当増資を引き受けて追加出資しています。)
この際、株主間協定の中で、NTTドコモはプット・オプション権を確保していました。この権利の内容は、2014年3月末までに所定の業績目標に到達しない場合に、NTTドコモが、その保有株式を、①取得価格の50%と②公正価格のいずれか高い価格(約定価格)で買い取る第三者を見つけて売買を仲介するようにタタ・サンズに対して求めることができ、タタ・サンズは、この義務を履行できない場合は、自身が決める買取価格で株式を買い取った上、買取価格と上記約定価格の差額を補てんしなければならない、というものでした。

こうしたプット・オプションは、投資回収や損害回避の道を確保するための条項として、国際的なM&Aやジョイント・ベンチャーではよく用いられる仕組みです。ただし、このプット・オプションに関して、インドには国内資金の流出を制限するための規制があります。それは「非居住者が居住者に対して株式を売却する際の取引価格は、公正価格以下でなければならない」という価格規制であり、これに反する場合にはインド準備銀行(RBI)の承認が必要とされています。(ちなみに、プット・オプションによるものでない通常の非居住者・居住者間の株式売買においても同様の価格規制が存在します。そこでは、逆に非居住者が居住者から株式を購入する場合には、「公正価格以上」でなければならないとされています。こうした一連の価格規制は、居住者を一方的に利する保護主義的な規制として機能しており、海外の投資家・法律実務家から批判されています。)

2.オプション行使と紛争化

2014年3月末にTTSLの業績が目標に到達しなかったことから、4月にはNTTドコモは合弁の解消を決め、2014年7月7日に、プット・オプションを行使しました。
しかし、タタ・サンズが、株主間協定に基づく義務を履行しなかったため、NTTドコモは、2015年1月3日、同協定に基づいて、ロンドン国際仲裁裁判所(London Court of International Arbitration)に仲裁を申し立てました。2016年6月23日、仲裁裁判所は、タタ・サンズに株主間協定の義務不履行があったとして、同社に対し、NTTドコモの保有するTTSL全株式と引き換えに、約1300億円の損害賠償金を支払うように命じる裁定を下しました。
ところが、タタ・サンズがこの裁定に従わなかったため、NTTドコモは、2016年7月にデリー高裁に上記裁定の執行を申立てました。これに対し、タタ・サンズは、まず賠償金を供託した上で、同裁定がインド法に反すると主張して反論。さらに2016年11月30日には、RBIが、資金の国外流出を阻止すべく、高裁手続への訴訟参加を申し立てました。(なお、タタ・サンズは2016年7月にRBIに対して賠償金の支払(海外送金)を求める申請をしたもののRBIにこれを却下されたという情報もありますが、この申請は形式的なもので、RBIに却下されるようにタタ・サンズ側が働きかけていたとも言われています。)
NTTドコモは、さらにタタ・グループのインド国外の海外資産を差押さえるべく英国と米国でも申立てを行っており、両社の争いは国境を越えて世界規模に広がり、泥沼化していました。

3.当事者間の紛争の収束

この間、タタ・サンズの強硬姿勢をリードしていたのは当時の会長のサイラス・ミストリー氏でしたが、2016年10月に前会長のラタン・タタ氏が暫定会長に復帰したことで風向きが大きく変わりました。両社は、上記ロンドン国際仲裁裁判所の裁定に従って約1300億円の賠償金を支払うことで合意に至り、これに基づき、2017年2月25日、インドのデリー高等裁判所に対して、当該合意内容に従った執行を求める旨の申立てを共同で行いました。
タタ側にとっては、創業一族のタタ会長の英断により、タタ・グループが「約束(契約)をしっかり守る信頼すべき企業である」ことを世界に示した格好になります。他方、NTTドコモは、プレスリリースで「回収された資金をインドにおける産業の発展のために活用することを検討してまいります」と述べていますが、これは、タタからドコモに対する送金を阻止するべく高裁での手続に参加していたRBIに対するメッセージであったと考えられます。

4.デリー高裁の判断

上記のように、紛争解決という共通目標に向かって共同で申し立てた両社でしたが、RBIは高裁において、株主間協定のプット・オプションの条項はインドの規制に反して無効であり、したがって、これに基づいたロンドン国際仲裁裁判所の裁定も違法であり、執行は認められないと主張していました。
2017年4月28日、デリー高裁は、以下のような理由に基づき、上記仲裁裁定の執行を承認しました。

  1.  RBIの当事者適格は否定され、訴訟参加が認められない。
  2. ロンドン国際仲裁裁判所の裁定により、タタ・サンズからNTTドコモに対する支払いは賠償金であって株式の価格ではないためRBIの特別承認は不要であると判断され、その裁定に対して当事者が異議を述べず、裁判所がその執行について承認をした場合、RBIはその裁定に拘束される。
  3. タタ・サンズからNTTドコモに対する支払いは、「タタ・サンズが、約定価格によって株式を引き受けるインド非居住者を探す(これ自体は非居住者間の取引であるからいかなる価格でも適法)という義務を履行しなかったことによって発生するNTTドコモに対する賠償金」として構成されており、かかる賠償金の送金は上記価格規制に反しないため、株主間協定書はインド法に反せず、その協定書の解釈である裁定もインド法に反しない。
  4. NTTドコモとタタ・サンズとの間の合意は有効である。

既にNTTドコモと和解しているタタ・サンズは、この高裁の決定に基づいて、賠償金を約束通りに海外送金する手続を進めるはずです。送金が特に支障なく進めば、そのことをもって、両社の争いは完全に終結することになります。
RBIとの関係では、送金を止める権限がないと高裁が断じられた以上、既に勝負が決まったか、あるいは少なくとも土俵際まで追い詰められたと見るのが一般的でしょう。ただし、RBIが資金流出を止めるためにさらに粘ろうとすれば、例えば、この高裁判断を不服として争ったり、予め各銀行に通知して送金を禁じるように指示したり、送金を違法として事後的に争ったりなどする余地が全くないとは言い切れません。日本企業を当事者とした本件紛争がこのまま無事に収束することを祈りつつ、引き続き慎重に見守りたいと思います。

第3 今後の実務への影響について

この事件で問題となった価格規制は、国際実務に反する保護主義的な規制として批判されてきました。
今回の判断は、これまで多くの法律家が、規制を守りつつも実質的に国際実務に近い形で処理する方法を求めて契約文言に工夫を積み重ねてきた分野について、1つの解を示したという点で大きな意味を持つものと言えます。
一方で、本件で利用されたプット・オプションは、あくまで投下資本の一部確保(ダウンサイド・プロテクション)の手段として用いられたものですので、利益確保(アップサイド・プロテクション)の手段として用いられる場合には、異なる判断が下される可能性が否定できません。
さらに、本件は、インド国外での国際仲裁の判断が前提となっていることや、インド側が裁定に従う姿勢を明らかにしていたことなどの特殊事情もあることを踏まえると、「価格規制を回避する手法が確立された」とまで断じるのは性急であろうと考えます。また、本件判断を受けて、RBIが規制を改める可能性も否定できません。
そのため、この分野については、引き続き、法律専門家の助言を受けることが重要といえます。
今後も、本件を参考にしつつも、価格規制を回避するための工夫や実務が蓄積され、発展していくことが期待されます。

以上


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