M&P Legal Note 2017 No.2-2
営業秘密の保護について(不正競争防止法の入門)
2017年2月28日
松田綜合法律事務所
弁護士 高垣 勲
第1 営業秘密の有名事件
2016年2月に、日本の最大手である日本ペイントホールディングスの元役員が、転職後に不正競争防止法違反で逮捕されたというニュースがありました。
同様の事例は以前にもあり、2008年に東芝のNAND型フラッシュメモリの技術に関する機密情報を韓国企業に提供した事例では、なんとデータを持ち出した犯人に懲役5年の実刑(!)という、極めて重い刑が地裁・高裁で出ております。他にも記憶に新しいのは、新日鐡住金とポスコの訴訟でも、ポスコが新日鐡住金に300億を支払う和解が成立したとのニュースも2015年のことです。そして、このような動きは不正競争防止法が根拠となっております。
不正競争防止法は複雑な規制ですので、ここでは入門編として、典型的な行為を事例式で説明して、判りやすく解説したいと思います。
(本書で特に断りなく○条と記載した場合には、不正競争防止法を指します。)
第2 事例1営業秘密
(想定事例1)元従業員Yが、X社を退職する際に、会社の共有ファイル内にあった顧客データ(パスワードがかかっていた)をUSBメモリにコピーして持ち出し転職先の企業でも営業開拓として使用していた。この点X社がYに対して文句を言ったところ、Yから「共有フォルダにあったのだから営業秘密でもなんでもない」と言われてしまいましたが、このようなYの言い分は通るのでしょうか?
1 「営業秘密」に該当するための3要件とは?
一般的に「営業秘密」という言葉を耳にしますが、「営業秘密」とは日常用語ではなく、法律用語としての「営業秘密」をいいます。そして、不正競争防止法2条6項では、「「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義されております。
この営業秘密に当たるのかどうかは、下記のとおり3つの要件が必要とされております。
①秘密として管理されていること(秘密管理性)
②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
③公然と知られていないものであること(非公知性)
2 「秘密管理性」とは?
この3つの要件の中で、以前は①秘密管理性については、「共有フォルダに置いてはいけない」、「パスワードは3カ月ごとに変更しなければいけない」など、アクセス制限の施策などを厳しく求められ、実際の裁判でも、厳しい管理をしていないことを理由に営業秘密として認められない判決が多く出されました。
しかし、近時ではこの秘密管理性というのは、 完全な防御が必要というわけではなく、例えば、ファイルや書類に「マル秘」などの文言が記載されていたり、データファイルにパスワードがかかっていたりして、従業員が営業秘密だと判る程度の措置がなされていれば、アクセス制限が比較的緩やかでも、秘密管理性があると判断されます。
ただし、パスワードもなく、誰でもコピーし放題のファイルのように、全く管理されてない場合に、営業秘密と認めてもらうことは難しいように思えますので管理方法の再確認が必要でしょう。
3 結論
元従業員Yが持ち出したデータは、営業秘密にあたる。
第2 民事上の手段
1 民事上できること
(1) 先ほど検討したように、「営業秘密」の要件を満たす場合、次は、Yの行為がこの「営業秘密」に対しての侵害行為(2条1項各号規定)に当たれば、民事上の法的手段をとることができます。
(2) 具体的には、違反行為の差止め請求(3条1項)、損害賠償請求(4条)、侵害組成物等の廃棄請求(3条2項)などの手段をとることができます。
この損害賠償請求の際には特則があり、営業秘密の侵害の行為によって利益を受けているときは、その利益の額を、営業秘密を侵害された者が受けた損害の額と同額と推定する規定があります(5条2項)。
また、営業秘密のうち、生産技術等に限っては、不正取得が立証された場合には、営業秘密を利用して生産したものと推定する規定ができました(5条の2)ので、相手方は営業秘密を使用していないということを反証をしなければならなくなりました。
そこで、このような不正競争防止法上の手段を使うために、営業秘密侵害行為に該当するかどうか検討することが重要になります。
2 営業秘密侵害行為の事例
(想定事例2)元従業員Yは、X社の在職中に特殊な機械の製造方法のデータをコピーし、転職先のZ社にデータを渡して、Z社は営業秘密を利用して製品を製造しているようである。
①-1 元従業員Yが持ち出す時点からYの権限もなく、業務とも関係のない持ち出しであった場合、Yの行為は営業秘密侵害行為にあたりますか?
①-2 元従業員Yが、元々データを使用する権限があって、適切に取得していたが、その後Z社の手土産としてYが情報を開示した場合はいかがでしょうか?
②-1 Z社は、元従業員Yが営業秘密を侵害していることを知っていながらデータを受領し、使用している場合に、Z社の行為は営業秘密侵害行為にあたりますか?
②-2 Z会社は、元従業員Yが営業秘密侵害行為を行っていたことを知らない(知らないことに重過失もない)で、営業秘密を使用していた場合はいかがでしょうか?
3 結論
①-1 Yの行為は、典型的な営業秘密の不正取得行為でありますし、その後のZ社に開示した行為も営業秘密侵害行為となります(2条1項4号)。
①-2 Yの営業秘密の取得は正当な取得ですので、営業秘密侵害行為にはあたりませんが、取得後に「不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を与える目的で」Z社に対して開示した場合には、開示行為が営業秘密侵害行為となります(2条1項7号)。
②-1 Z社は、Yの営業秘密侵害行為を知って取得し、さらに使用していたのであり、その取得も使用も営業秘密侵害行為にあたります(2条1項5号)。
②-2 Z社が、データを元従業員Yの営業秘密侵害行為を知らずにデータを取得し、知らないことに重過失もなく使用している以上、Z社の行為は営業秘密侵害行為にあたりません。しかし、X社としては、Z社に元従業員Yの営業秘密侵害行為が介在したことを内容証明などで知らせた後、Z社の使用行為は、営業秘密侵害に当たることになります(2条1項6号)。
第3 刑事上の手段
1 事例
(想定事例3)元従業員Yは、X社に在職中に、業務上、設計図面(営業秘密であることに争いはない)が入っているUSBメモリを預かっていた。Yは退職時に、預かっていた設計図面を、削除する誓約書に署名していたにもかかわらず、自分の利益を図る目的で、誓約事項に違反して削除せず、ライバル企業であるZ社に売却してしまった。
このYの行為は営業秘密侵害罪にあたるか?
(想定事例4)そのライバル企業であるZ社は、自社の利益を図るために、設計図面をもとに自社製品を生産した。Z社の行為は、営業秘密侵害罪にあたるか?
2 刑事上できること
不正競争防止法では21条1項1号~9号において、刑事罰の対象を規定しております。
特に3号の営業秘密を保有者から示された者が図利加害目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背いて、
(イ)営業秘密記録媒体等の横領、
(ロ)営業秘密記録媒体の複製の作成、
(ハ)営業秘密を消去せず、かつ消去したように仮装、
のいずれかの行為に該当する場合には、営業秘密侵害罪に該当し、さらに4号では、3号の方法によって領得した営業秘密を、図利加害目的で使用・開示する行為も営業秘密侵害罪となります。
また、営業秘密の転得者が、図利加害目的で使用・開示した場合には、7号の営業秘密侵害行為となります。
営業秘密侵害罪にあたる場合、個人であれば10年以下の懲役もしくは罰金2千万円又はその両方、法人であれば5億円(海外には10億)の罰金、となります。
3 結論
(想定事例3)まず営業秘密が入ったUSBメモリを預かったYが、自分の利益を図る目的で、USBメモリを横領しているので、上記の3号に違反します。さらに、Yが横領したUSBメモリをZ社に譲渡した行為も、4号に違反することになります。
(想定事例4)Z社は、Yの営業秘密侵害行為によって取得した営業秘密であることを知って、Z社の利益を図るために設計図面を利用しているので、7号に違反することになります。
第4 まとめ
本件想定事例はあくまで不正競争防止法を理解していただくために、基本的な事例を想定しております。実際には、もっと複雑な事情が絡むことが多いですし、一回流出した場合の事後処理費用も多額に上りますので、日頃からの予防措置が重要と思われます。
特に、本件でご注意いただきたいのは、営業秘密にあたる場合には、その秘密の転得者も処罰の対象となる場合があるということです。
Z社の役員の立場で、適法に営業をしていると思っていても、Z社の従業員が悪気なく移籍者からのデータを使用することもありますので、単に情報の管理側(営業秘密を持ち出されないという被害者側の観点)だけではなく、他社の営業秘密を使わせない(USBメモリは受領しないなど)という加害者側の観点から対策を施すことも重要と思われます。
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この記事に記載されている情報は、依頼者及び関係当事者のための一般的な情報として作成されたものであり、教養及び参考情報の提供のみを目的とします。いかなる場合も当該情報について法律アドバイスとして依拠し又はそのように解釈されないよう、また、個別な事実関係に基づく具体的な法律アドバイスなしに行為されないようご留意下さい。